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だからといって欽次はおこそのあとを追う訳にはいかなかった。
おこそのためにも仕事をしっかりとして天国のおこそをほほえませるようにしなくてはと欽次は仕事に打ち込んだ。
小者は家に来た。欽次は何の用かなとと疑問だったが話してみると、科人は欽次に頼まれてたおこそを殺めたと言ったらしかった。そんな話を小者の孝蔵はしていた。
「それはうそです」欽次は答えてため息をついた。
「人の女房を殺めておいて旦那に頼まれましたなんてどうしようもない悪党だな、救いようがない」欽次はあきれはてて頬が強張った。
かわいそうなやつだな、と彼はその科人を思っていた。
孝蔵は話し終えて欽次の家から出て行った。
孝蔵は鋭いな、と彼は感じたのであった。
「さすが孝蔵さんは利口だな、少し抜けていると思わせておいて、あれは芝居だな」欽次はそんな軽口を叩いて住む家の中で、近所の人と話していた。
「やられたところが便所というのも失礼だし変な下手人だな」八百屋を営む男は言った。
「人の家の便所に入りこんでおこそを襲った。あぶない奴だな」
「油虫みたいな奴だな」
「あきれちまう」欽次は答えてたばこを喫んだ。
「飛んだ災難というか気の毒で、あんな妄想の男にやられたなんて。自称髪結らしいけど、なにものなんだろうな」
その話を聞いて欽次は少し作り笑いをした。
「江戸の町もせまいようで広いのだな」
「なんだいいきなり」
「いやなんとなく言ってみたくなっただけ」
欽次はおこそが気の毒でならなかった。
「そのうち『あんた』なんていつものように笑って声をかけてくるよ。帰ってくるよ」と八百屋は笑った。
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