109人が本棚に入れています
本棚に追加
4
「ほんと、ほんと。ちゃんと聞いてるよ、碧」
意識的に碧を流し見た。
碧が目を見張って唇を噛んだ。そしてふっと視線を逸らした。
ほんの少し赤く染まった目元が可愛い。
タブレットをローテーブルの端に載せて見やすい角度で持ってやる。
碧がそのタブレットに左手の指をぎこちなく滑らせた。
右腕はまだ、俺の腕を抱いたまま。
そしてまた嬉しそうに喋り始める。
左腕に碧の体温を感じながら、無邪気な笑顔を眺めた。
碧を、俺のものにしたい
これまで、あえて明確に言葉にしなかった欲望。
はっきり言葉にしてしまったら止まれなくなる、そう思って。
もうとっくに気持ちは走り出しているのに。
最終的に、砕けるのかもしれない。
それでもいいじゃないかと思った。
「耀くん!」
再びぐいっと左腕を抱きしめられた。思わず息が止まる。
「もー、やっぱり聞いてないでしょ!何考えてるの?」
「ごめんごめん。ちょっとぼっとしてた」
ごめんな、と謝りながら覗き込むと、碧がアヒル口で俺を睨んでくる。
可愛いなあ、もう
「そんな怒んないで、碧。可愛いから」
「なにそれ耀くん!」
そう言って眦を上げるのに俺の腕を離さない。
「なにイチャイチャしてんのよ、そこの2人」
陽菜が呆れたように言った。
「イチャイチャなんてしてないもん。耀くんがちゃんと聞いてくれないからっ」
「そう、俺が悪い。ごめんな、碧」
一旦タブレットをテーブルに置いて、碧の頭を撫でた。
碧が上目遣いで俺を見てくる。
「耀くん、タブレット持って」
「はいはい」
碧が左手でぎこちなくパスワードを入力していく。
「ね、耀くん。この人原作にはいなかったでしょ?どう関わってくるのかなあ」
「そうだなあ。しかもこの俳優だしな」
そんな話をして。
楽しみだねと言っていた碧が。
「返却期限は来週の金曜日です」
今日は貸出しのカウンターに座っている。
金曜の放課後。明日はその楽しみにしている映画を観に行く日だけれど。
伏せたままの長いまつ毛の大きな瞳は、俺を見もしない。
必要なセリフを言い終わった唇は、きゅっと閉じられたまま。
クールバージョンの碧。
慣れたけど、慣れない。
カウンターの上をすっと押し出されてきた本を、俺も無言で受け取った。
そして出入り口へ向かう。
図書室を出る時、なんとなくカウンターに目をやった。普段は名残惜しさが増すから見ないようにしている。
あ
碧と、目が合った。
小さい頭が慌てて前を向く。
肩が少し上がった姿勢が可愛い。
なんなんだろうなあ
まあでも、碧がそうしたいなら付き合ってやる。
学校では俺と関わらないというルールを碧が決めているなら、無理に踏み込んだりはしない。
その代わり学校以外でめちゃくちゃ甘やかしてやる。
簡単には諦めないからな、俺は。
心の中でそんな決意をしながら、俺は後ろ手で図書室の戸を静かに閉めた。
了
最初のコメントを投稿しよう!