1.ワールドイズマイン

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はっと時計に目をやり、現実に気持ちを戻した。8時28分。まずい、今から5分でチャリをダッシュして帰って洗濯物を3分で干して8時36分。すぐ出発すれば、7分かかる職場には8時50分までには着くだろう。今日は週明けで子供らも落ち着かない上に職員の休みが多い為、バタバタしないように早く行かなければ。頭を掻き毟ってから自転車にまたがり発車し、自分の子供が通う保育園を後にする。 家での用事を予定通りこなし、8時49分に着いた。職員用の駐輪場にバイクを止め、裏門から入り、ロッカールームに荷物を置き、エプロンを着け、事務所で出勤簿に押印と業務連絡ノートに目を通してから、時間外保育をしている部屋に向かう。「おはようございます!」とニコニコ営業用元気スマイルを大人に振りまきながら、園児にも挨拶しながら座る。 この部屋にいるのは、0歳ばら組と1歳たんぽぽ組と、自分の担当である0歳1歳混合クラスのあやめ組だ。 絵本を読んでいるみつ先生の「おしまい」の言葉を聞いて、あやめ組若手リーダーの森ちゃんこと森先生が「あやめ組さん、行こうかー」と立ち上がり声をかける。 森ちゃんがばら組のまだハイハイできないBちゃんを抱っこしながら、自分のクラスの子供たちを引き連れて行く。 「飛田先生、最後お願いしていいですかー?」 「りょーかい!」 自分の名前を呼んだ森ちゃんの方に頷きながら、ばら組のハイハイが少し始まったAくんを片手抱っこして、ぼーっとしている事の多い弘義くんの手を引いて長い廊下を進んでいく。よそ見していたり、止まっている子を急かしながらあやめ組に促す。着いたら、弘義くんの手を離し、Aくんをばら保育室に連れて行く。ばら組には既に何人か自力で移動できない赤ちゃんがいて、パート仲間の稲山先生が荷物の整理をしながら見ていた。 「いな先生ー!Aくん来ました!Bちゃんも行きます!」 と部屋の奥にいる稲山先生に届くよう大声で声をかける。 あやめに戻って、森ちゃんが抱っこしてきたBちゃんを抱っこしばらに連れていく。到着の声かけをし、急いであやめ組に帰る。森ちゃんがブロックのおもちゃを出し、1年目の田中先生がよく噛み付くぴむちゃんの側につき、パートの林先生が子供の荷物が入ったカバンを棚に入れている。 朝は、時間外保育の部屋からホームである保育室に移動したら、子供の荷物を取り出すところから始まる。大概の園は親が支度をするものだが、うちの園は駐車場が無く、路駐も出来ない立地柄か、子供と荷物を玄関で引き取っている。徒歩・自転車通園と車通園で玄関を分けて危険に配慮、車通園は時間帯を決め近隣の迷惑にならないよう職員を多めに配置しスムーズに対応できるようにする工夫をしているが、現場の保育士からしたら親に入ってきてもらって用意をして欲しいと切に思う。 交換用のオムツをビニール袋に入れる(使用済みオムツはそのままビニール袋に入れる)、午睡用のオムツを出す、コップ・歯ブラシを取り出し、給食用おやつ用エプロン・口拭きタオルをそれぞれカゴに入れる。月曜日はそれに、布団を袋から出し押入れに入れること、午睡用パジャマとオムツをセットすることが加わる。 慣れればひとり2分程で終わるが、19人いるので2,30分はかかるし、途中うんち交換が入ればその都度中断される。 毎朝毎朝”有資格者の人件費もったいなー!”と思いながらも、淡々とこなすしかないのでそうしている。 詰め込まれた園舎は法律上は合法でも、実際的に十分なスペースは無く、外遊びに出られるのは週に1、2度。一時預かりの子供もクラスの中で受け入れているので、毎日落ち着かない。 探索活動を楽しみたい時期なのに、同じところに入れられて、変わり映えしないおもちゃをローテーションで出されて、いつも同じようなBGMをかけられて、四季が感じられない毎日。 自分の子供はここには入れたくない!という思いも変わらない。 良いところのかけらも無いような園だが働いている理由は、パート仲間に恵まれたことと休みが取りやすいこと。 ただ休みが取りやすいということは、休みが重なり保育のメンツが弱くて今日のように大変な日もある。 あやめ組は、森ちゃん、今月から育児休業復帰した細野先生、1年目田中先生、長年パートで月水金勤務の大谷先生、飛田。だが、細野先生と大谷先生が子供さん関係の用事で休みが重なっている。19人に対して5人体制は手厚く思えるが一時のことだ。月末の運動会が終われば田中先生と共に1歳児5人が1歳たんぽぽ組に進級し、0歳ばら組から4人進級し、0歳ばら組には生後2ヶ月の赤ちゃんが2人入園予定だ。いつでも入れると評判の園だが、その分年度途中で増えすぎてしまう。職員と子供の一部が進級するのはこの園の秋頃の風物詩だ。
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