酒場の踊り子

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酒場の踊り子

 陽が沈み、闇の気配が増してくる刻。酒場は明るさを増す。  こよいは旅芸人の娘たちが乱舞する。奏者たちの熱も高まり、音楽は高らかに弾け盛り上がっていく。客の酒は進み、笑いや涙や怒りがごちゃ混ぜに飛び交う。  そんななか、カーネル・バッチアは美酒の杯をゆっくり傾け、ベールをかぶり踊る娘たちを眺めている。絵画や歌劇を鑑賞するように。  高貴な優雅さと爽やかなたたずまいは、けだもの同然の男ばかりの店において、目をひいた。  いつのまにか、踊り疲れた娘たちは休憩しだした。ひとり、ベールをかぶったままカーネルへと近づく。それは、蝶が花に誘われたと見る人の目には映っただろう。  でも、私は知っている。彼は花なんかじゃない。花を借りて襲う蜘蛛。  彼は止まった蝶をつかまえると、ひそりと酒場を抜けだした。 「きみは僕のになってくれるかな」  こくりと蝶はうなずく。  酒場の灯りは遠くなり、歩く二人は闇へとはいる。 「僕がなにをしているか知ってるかい? 商人だ。を売って金にする。  だからさ、きみもになるなら、金になってくれないかな」  彼の本性に気づいたときには蝶の逃げ場はない。(かせ)を持ったむさくるしい男が現れる。  そして、蝶は闇へと沈んで――なんかいかない。  私はブーツに忍ばせた短剣を薙いだ。  行く手をはばもうとした男は倒れ、土埃(つちぼこり)の道がひらける。鋭利な直刀に月光が映る。  パチンと、カーネルが指を鳴らした。四人。四方から現れる。  彼の用心棒だ。ギルから情報は得ている。やつらが身体ばかりでかくて頭が悪いことも。  あんのじょう、突っ立ってる私に一斉に飛びかかってきてくれた。あとは、月を描くように舞えば、始末完了。ギルと昔から騎士ごっこをしてきた甲斐があったものだ。 「あなたに危害は加えません」  カーネルが出した(のこぎり)みたいにごつい短剣を叩き落として、切先を向ける。  彼は感嘆の口笛を吹いて両手を上げた。 「きみは一体、なに者だ?」  私はベールを脱いだ。 「ミリア。あなたの妻になるミリア・カレロです。こんばんは」 「は。こりゃたまげた」  と、言う彼はまったく驚いてない。数々の闇の仕事と関わっているから、これくらいじゃ動じないのだろう。 「妻になる前に、夫がどういう者かこっそりのぞきに来ましたの。そしたら、こんなことになって、びっくりしましたわ」 「しらじらしい。なにが目的だ」  しおらしい婚約者を演じてみたが、見抜かれた。まぁ、あんだけ動けたら、偶然を装うのはムリか。「うっかり出会って相手の弱みを握る作戦」を計画し、ギルが調べて私が実行することにしたけど……、格闘はギルに任せたほうがよかったかもしれない。 「いい? 私は妻になったらあなたの言いなりにはならないし、悪い商売は認めません」  私は腹をくくり、びしっと宣言した。  明日は婚約披露舞踏会。招待客も多く呼ばれていて、今さら取りやめることもできないはずだ。  すると、カーネルは「そうか」とだけ言って、歩きだした。 「どこに行くのです。言ったことわかってるのですか」 「わかったさ。僕は明日のお楽しみのためにうちに帰るよ。きみも早く帰んな」  まだ突きつけている刃の前を、彼は悠然と去っていく。  私はなんだか気が抜けて、そのまま見送るしかなかった。
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