縁談

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縁談

「バッチア家とミリアの縁談が進んでいる」  そうお父様から告げられた瞬間、怒りがこみあげた。握りしめた手の内で血がにじむのを感じる。  大事な話があると言われて覚悟はしていた。でも。 「バッチア家だけはイヤです。なんで、そんなことになっているのですか。まさか、相手は長男のカーネルですか」 「そうだ。申し分ない相手じゃないか。うちにとって」  わかってくれ、と弱々しい眼で訴えてくる。  近ごろ病に()すことが多くなったお父様。もともと気弱だった性格が、日増しに酷くなっている。 「そうね」  震える小動物に噛みつくなんて、私にはできない。ため息まじりにうなずく。なんでうちには強くて丈夫な者が私しかいないのだろうと、落胆しながら。  跡取りの弟も身体が弱くて早くに亡くなり、お母様も追うように天に召された。お父様はひとりになる私を心配して、家業ごと大商家のバッチア家に委ねることにしたのだろう。 「よかった」  お父様はこれで問題が解決したと言わんばかりに、椅子の背に身体を預けて瞼を閉じた。  私は部屋を出ようとドレスの裾を持ち上げ、絨毯(じゅうたん)の上を進みだした。けど、やっぱり怒りが握った手に残っている。 「ねえ、お父様。私に家業を任せては下さらない?」  お父様はめんどうくさそうに眼をあけ、垂れた眉をさらに斜めにしてひそめた。 「でまかせではありません」  先に言う。お父様の反対を聞く前に言っておきたい。 「私はずっと考えていました。どうしたら顧客を増やせるのか、ライバル商会にどう差をつけるか。  うちは絹や毛織物を取り扱ってて、顧客は富豪ばかりです。でも、一般市民も顧客に加えてみてはいかがでしょうか。庶民でも手にとりやすい商品を開発して」 「ミリア」と、お父様は首を振った。 「女が表に出たとこでバカにされるだけだ。それに、もう話は進んでいる。バッチア家に逆らうことなんてできん」 「ええ。そうね」  夢を語れば実現できそうな気がしたけど、夢はうたかたなのか。いや――。 「では、私は夫の性根を叩き直してみますわ」  やっぱり、現実に落胆して生きたくない。  慌てふためくお父様を無視して、私は部屋の外へと歩きだす。
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