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2.鏡の中のブス
コスメの知識が皆無であるがゆえに、推しである御厨立海くんの言うことが全く理解できなかった日から2日後。
明日の講義かったるいなぁ、なんて考えながら、だらだらと日曜の夜を貪っていたところに注文したコスメ達が届いた。
「つ、ついに…」
私はほのかに高まる胸の鼓動を感じながら包みを開封した。中にはネット上で見たコスメ達が鎮座しており、なぜか少し感動してしまう。
「こっちがティントだよね」
透明な容器なので、ビビットなピンク色が堂々と透けて見えている。シンプルながらも可愛らしいデザインで、ガラじゃないけれどキュンとしてしまった。
「これはコンシーラー…」
コンシーラーはスティックのりのような形で、容器をくるくると回すと中身が出てきた。
「わっ、肌の色より濃いめかも。色選び失敗したかな…」
1番標準のカラーであろう色を選んだつもりだったが、出不精故に青白い私の肌には合わない気がしてきた。
「とにかく試してみたいな…でももうお風呂入っちゃったし」
しばらく葛藤した後、私は明日の朝に試してみることにした。
******************
「は…?」
鏡に映っているのは、顔に落書きを施したような酷い顔面だった。
おかしい。私は確かにティントとコンシーラーを用いてメイクをしていたはずだ。
しかし、鏡の中の私の唇は異様に鮮やかで、その分肌がくすんで見える。
それに、ニキビや乾燥など肌荒れを起こしている部位にコンシーラーを塗りたくったのだが、よれて余計にグロテスクな見た目になっている。
「これは…事故ってないか…?」
——————否、確実に事故っている。
「うわああああ絶対笑われる!こんな顔で講義出れるか!」
洗面所に駆け込み、洗顔料で洗い流そうと試みたものの。
「み、水弾いてる!!」
コンシーラーは少しだけ剥がれ落ちた気がするけれど、大部分は水を弾きながら肌の上に居座っている。
ティントは艶が取れただけで、色はそのまま残っていた。
コンシーラーはウォータープルーフのものだったし、ティントは唇に色素沈着するのだから当たり前なのだが、この時の私はそんなことなど知らず、絶望に打ちひしがれたのだった。
「うおあああああ昨日試しておけば良かったああああ!!!」
「素子、朝からうるさいよ!」
母からお叱りを受けたものの、想像以上の出来の悪さがショックで何も考えられなかった。
******************
真面目さだけが取り柄の私には、講義を休むなんて選択肢は無い。
講義室の扉を開けると、友人が来たかと顔を上げた学生数名と目が合う。その内のいかにもおしゃれ好きそうな女子学生がニヤついた。
(いつも私を見てコソコソ言ってる子だ…嫌だな…)
私はなるべく目立たないように端の席に座る。
しかし、先ほどの女子学生の友人達が入室してくると、嫌な視線をビシビシと感じるようになった。
「ねぇあの子…唇やばくない?」
「ほんとそれ!蛍光塗料塗ってきたん?って感じ!」
「やめなよー、精一杯おしゃれしてるつもりなんだよ」
「肌もガサガサ過ぎだよね、前髪ぺたぺたなのにウケる」
「もー聞こえちゃうって!」
彼女達のキャハハという甲高い笑い声が心に突き刺さった。
確かに私のメイクは失敗だった。けれど、果たしてこれほどに酷いことを言われなければいけないことなのだろうか。
俯いて聞こえないふりをしてやり過ごそうと思っていたら、不意に人影が無機質な机の上に落ちてきた。
「北条さーん、隣いい?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、先日私が水をぶちまけてしまった清水明成くんが立っていた。
「え!?あ、どどどどどどどうぞ…」
「へへっ、失礼しまぁす」
あまり顔を見られないようにしながら着席を促すが、清水くんは回り込むようにして私の顔を覗いてきた。
「ねぇごめん、この間のこと怒ってる?」
「そ、そそんなことは…」
露骨に顔を逸らし過ぎていたのかもしれない。なんとなく異変を察したらしい清水くんは眉を八の字にして不安げな顔だ。
変に気を遣わせたくないけれど、酷い出来のメイクを見せたくもない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、清水くんが口を開いた。
「あ、今日リップ付けてる?可愛いね!」
——————か、可愛い?
その時、私は雷に打たれたような衝撃を体感した。
しかし、即座にお世辞だろう、思い上がってはいけないと頭を切り替える。
「い、いやいや、そんなこと。似合ってないの知ってるし…」
私は全力で頭と両手をブンブンと横に振った。
実際、陽キャ女子達からは笑われているのだ。こんなメイクが、こんな陰キャな私が可愛いわけない。
「そ?俺は新鮮でいいと思うよ」
そう言って清水くんはニカッと笑った。
相変わらず眩し過ぎて、これ以上反論することが出来なくなる。
「あ、でね。この間のお詫びにこれ渡したくてさ」
「へ?」
清水くんから差し出されたチラシを受け取る。ざっと内容に目を通したところ、どうやら新しくオープンしたレディースを取り扱うアパレルショップのチラシらしかった。
「この店、俺の姉ちゃんが友達と始めた店なんだ。んでさ、姉ちゃんに『俺のせいで女の子が水浸しになっちゃった!』って言ったらすげー怒られて」
清水くんが頭を掻き、恥ずかしそうに語った。
私はいつもとは少し雰囲気が異なる清水くんの表情にどぎまぎしてしまう。
「で、好きなアイテム無料にするからぜひ来てほしいって。俺の代わりにお詫びだってさ」
「え!?そんな申し訳な…」
無料だなんて申し訳ないとチラシを突き返そうとしたが、チャイムが鳴って思わず口をつぐむ。
「じゃ、時間がある時に行ってみてね」
清水くんは小声で私にそう告げると、黒板の方に目線をずらしてしまった。これでは返すに返せない。
(うう…ファッションなんかわかんないよ。お店に行ったってどうせ恥かくだけに決まってる)
どうしようかなとチラシを眺めていたら、一着のワンピースが目に入った。青のストライプが走るそのワンピースはどこか見覚えがあった。
(…あ!立海くんがこれと似たデザインのシャツ着てたかも!)
そう、確か昨年の夏に開催された『灼熱!一夏限りのサマーバケーション』というゲーム内イベントの報酬として配布されたSRの立海くんが青のストライプのシャツを着ていたのだ。
(…お店、ちょっと見てみるだけならいいかな?)
立海くんによって、私の心は揺らぎ始めた。
次回に続く。
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