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4.推しの概念を纏う
「わ…」
試着室の鏡に映る自分は相変わらずブスだ。けれど、首から下はいつもと違う。
緊張と期待で頬を赤く染めながら試着したワンピースの丈は想像より短く、裾が膝の上でふわりと広がっている。私にとっては大胆過ぎる丈感とデザインだけれど、お陰でいつもよりスタイルが良く見える気がした。
それに、動くたびにスカート部分がクラゲの如く宙を舞うのがどうしようもなく可愛らしい。
(今まで服なんて着られればいいと思っていたけど…。この気持ちはなに!?)
決して広くない試着室の中で、何度もクルクルと回転してワンピースを堪能してしまう。立海くん概念の柄はもちろんのこと、裾に向けて広がっていくこのデザインにも魅了された。
「ご試着できましたか?よろしければ何かお手伝いさせて頂きますが…」
「あっ!?いえ大丈夫ですすみません!」
そこそこ時間が経過していたのだろう。お姉さんに声を掛けられる。
我を忘れてワンピースに夢中になっていた私は、慌てて試着室から飛び出た。
「あ、あのどうでしょうか…?!」
勢い余って聞いてしまったが、お姉さんの前に立つと段々と自信が消失していく。鏡に映る自分は良く見えると言うし、お姉さんから見たら不恰好なのかもしれない。というか、プロからしたら私は間違いなく不恰好だ。
(も〜ほらお姉さんも黙っちゃってる…)
お姉さんが何も言葉を発さないので、視線がどんどんと下に落ちていく。いつも通りの陰キャが見ている世界だ。
「…い」
「へ?」
お姉さんがぼそりと何か呟いたが聞き取れず、一気に冷や汗をかく。
コミュ障陰キャは一度で聞き取れないのが怖い。何故なら「すみません、もう一度お願いします」と言うタイミングと勇気を掴めないから。
「え、あの、ははっ」
やってしまった時は肯定も否定もしない愛想笑いが1番だ。もしなにか質問されていた時は一瞬お互いに困惑するが、聞き間違いという体で乗り越えられる。
(そう、これは18年生きてきて学んだこと…)
「…かわいい!!!」
お姉さんが急に大きな声を出すので、思い切りびくりと肩を揺らしてしまう。しかし、お姉さんはそんな私を気にせずに、ツカツカと近寄ってきた。
「すごく可愛いです!お嬢さんは多分骨ウェだと思うんですけど、あ、骨ウェっていうのは骨格ウェーブの略で体系の種類の一つでして…で、このワンピースって重心が上にくるからウェーブ体型の人にはすごくお似合いになる形でして…!」
(あ、この感じ知ってる。オタクだ)
私は早口で語るお姉さんからオタクの気を感じ取った。ジャンルは違えど私と同じオタクなのだ。そう思うと、急に親近感が湧いてきた。
「あ…すみません!すごく似合っていたのでつい語ってしまいました」
お姉さんが恥ずかしそうに笑う。やはりその笑顔に覚えがあった。
(…あ!もしかしてこの人が!)
「あの、つかぬことをお聞きしますが…。あの、えっと、…もしかして清水さんでしょうか?」
「え!はい、そうです、けど………あ!」
私からの突飛な質問にお姉さんは不思議そうな顔をしたが、言葉の途中で何かに気づいたらしい。
「もしかしてうちの弟と同じ大学の方ですか!?」
「あ、は、はい!そうです。えっとその、笑った顔が似ていたのでもしかして…と思いまして」
(まって!今の発言気持ち悪くない…!?)
やらかしたのではないかと思い顔が青ざめたが、私よりもお姉さんの方が青い顔をして慌てふためいていた。
「やだ!私ったら色々と出しゃばっちゃって!それよりなによりお詫びしなきゃだったのに…!」
「いえいえ!お互い不注意だったといいますか…」
「いやうちの馬鹿弟が悪いです!申し訳ありませんでした!」
がばりと目にも止まらぬ速さで頭を下げられた。頭を上げてほしいと思うと同時に、『馬鹿弟』というワードからなんとなく清水姉弟の関係性が窺えて微笑ましいとも思った。
「本当に大丈夫ですので………おかげでこんなに素敵なお店とワンピースに出会えましたし」
少しキザ過ぎたかもしれない。ガラじゃないセリフに耳が茹だったのをごまかそうとして、顔周りの髪の毛を耳に掛ける仕草を繰り返してしまう。
顔を上げたお姉さんは眉を八の字にしながら微笑んでいた。人の良さそうなその表情も彼女の弟とよく似ていると思った。
「そんな風に言っていただけるなんてすごく光栄です」
「いえ…」
お姉さんの表情にキリリとした鋭さが少しだけ加わる。まるでなにか覚悟を決めたような顔だ。
「もしよかったら、そのワンピースを受け取って頂けませんか?」
「このワンピースを?」
何を言われるのかと身構えていたら、想像とは違った内容だった。
お姉さんは頷き、言葉を続けた。
「元々お詫びとしてお洋服を渡したいと思っていたんですけど、そちらのワンピースが本当にお似合いで。あなたがお迎えしてくださったらワンピースも嬉しいんじゃないかって思っちゃいました」
私変なこと言ってるかもしれません、とお姉さんが困った顔をしながら微笑む。
(お姉さん、本当にお洋服が好きなんだな…)
「あ!もちろん他に気に入ったものがあったらそちらにしましょう!」
「いえ、このワンピースをください。これが良いです」
立海くん概念であることも気に入った理由の一つだけれど、なによりこのワンピースのお陰でファッションの楽しさを垣間見ることができた気がする。だから、このワンピースと共に家に帰りたい。そして。
「このワンピースに見合うくらいオシャレになりたいです」
オシャレの楽しさをもっと味わいたいと思ってしまった。この前失敗したメイクだってもう一度頑張りたい。
大袈裟かもしれないけれど、このワンピースが側にいてくれたらなんだって出来る気がした。
次回に続く。
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