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プロローグ
大学に進学してから早1ヶ月。食堂には学生が溢れかえるほど集まり、あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
そんな中で私、北条 素子は1人でせっせとカレーをかき込んでいた。悲しいかな、いわゆる陰キャぼっちとやらだ。
私だって入学当初は友達に恋愛に…と期待を抱いていたけれど、いざキャンパスに足を踏み入れるとオシャレな人ばかりで圧倒された。その中で友達を作るなんて、コミュ障オタクの私にはハードルが高過ぎた。
しかし、この学校のカレーは少々味付けが濃く、辛味も強い。私は喉の渇きを感じ、水の入ったコップに手を伸ばした。
「でさあ、あん時アイツが…」
「ゴフッ!?」
よそ見をしていたらしい陽キャ男子集団の1人が、私の席にぶつかった。その衝撃により、私は盛大に水をぶちまけてしまった。
「いってぇ!…は!?濡れたんだけど!!」
「!!」
背後から聞こえてきた言葉に背筋が凍る。私は振り返り、勢いよく頭を下げた。
「ごごごごごめんなさい!ごめんなさいあのえと、クリーニング代とか出しましょうかあの気持ち悪いですよねほんとごめんなさい」
「いや、そんなに謝らないでくださ…って、あれ?北条さんじゃん」
「へ…」
私の苗字を認識してる人がいることに驚き、チラリと相手の顔を確認してみる。立っていたのは、私が所属している学科内でも中心的な存在の清水明成くんだった。
——あ、これ大学生活終わったな。
不可抗力とはいえ、人気者の清水くんに水を掛けてしまったのは事実。清水くんがこのことを他の人に言えば、同じ学科の人たちからは白い目で見られるのは必至だろう。
私が冷や汗を流しながら固まっていると、清水くんが口を開いた。
「てか北条さんこそずぶ濡れじゃん!まじでごめん!」
両手を合わせて頭を下げる清水くん。
こんな陰キャに頭を下げるなんて、とむしろ困惑してしまう。
「え、あ、ああああ、いやいや私は別に大丈夫ですほんとに」
手と首をブンブン振りながらそう告げれば、清水くんは顔を上げてニカッと笑った。
陽キャの笑顔ってなんでこんなに眩しいの。
「本当?まじでごめんかった!じゃあね!」
清水くんは私なんかに手を振った後、お友達と共に私の元を去っていった。ぼうっとしながら後ろ姿を見つめる。
(思っていたよりも良い人たちなのかも…)
そう一人ごちていた、が。
「さっきの女子めっちゃ早口だったなー!」
「さっきの?北条さん?」
「それ!いかにもオタクって感じで笑いそうになったわ」
なんて、私を笑いものにする清水くんのお友達の声が聞こえてきた。
いつものことなのでそんなに堪えなかったけれど、今日はなんだか清水くんに悪く言われているのだけは聞きたくないと思い、彼が口を開く前にイヤホンを耳に押し込んだ。
『♪〜♪〜』
——————あ、すき。
悪口を言われようが、嫌われようが大丈夫。推しの曲を聴けば嫌な気持ちなんて吹き飛ぶ。
推しの偉大さを噛み締めながら、残りのカレーを黙々と口に運んだ。
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