40人が本棚に入れています
本棚に追加
#6 赤ちゃんとイグアナの瞳の人形
「また今日も、死ねって言われたよ」
何人かの時緒君の前で、時緒君は打ち明けます。
「死ぬのは奴らだ。と言うか屍も同然だろ。まだそんな屍の言う事を気にするのか泰晃は」
お喋りな時緒君は、皮肉げな口許でくくと笑いました。
「いいじゃねえか。また、コンパスで刺しちまえば」
粗暴な時緒君の眼が、変わらずぎらりと凄みます。
「そうだなあ。いっそ全員刺して誰もいなくなったら、楽になるんじゃない?」
おっとりした時緒君の言うことは、時に残酷です。
「そうだ。それがやっぱり、一番いい」
皆の話を聞いた時緒君は、そう結論づけました。
「「そして俺達、『一人』になる」」
夕闇の教室のなか、複数の声が影を落としました。
くすん、くすん。
やがて教室には、小さな子供のような頼りない泣き声が、朧げに響きました。
「…………でも、ぼく、……さみしいよ……っ」
冷たい仮面の時緒君は、その泣き声に浸されるよう、みるみる顔をくちゃくちゃにして、ぽろぽろと涙を頰から床へ零れ落としました。
小さな時緒君は、時緒君の奥の奥、深淵にいます。
誰にも見せられない、時緒君の真の姿なのかも知れません。
小さな時緒君は、ひっくひっくとしゃくりあげ、留まりませんでした。
その泣き声が漏れたのか、背後でかた、と物音がしたのです。
振り返ると、戸口に影のように人が立っています。
——橘君。 別のクラスの、橘柚弥君です。
橘君は、男と女が曖昧な美しい容姿で知られ、金髪の、綺麗なお人形のようでした。
小さな時緒君は、初めて会った『外の人』に驚き、逃げてしまいました。
小さな彼が流した涙を滴らせたまま、時緒君は憤怒の眼光を漲らせました。
「見たな」
誰にも、誰にも見られてはいけないのです。
時緒君の中にいる沢山の時緒君も。赤ちゃんの時緒君も。流した涙、も。
無機質なイグアナのような、橘君の碧色の瞳は澱み、ただ無花果色の唇だけが動きました。
「うん、見た。ごめんね」
時緒君の眼に、あの時の妖光が甦りました。
「お前は死刑だ」
橘君の手首を引っ張り、華奢な体を後方のロッカーに押しつけました。
「どこがいい?」
左手で翳したコンパスの切っ先を見せ、橘君に迫ります。
「その瞳が、気に入らないな」
鋭い針を確認しても、沼のように静寂な瞳が厭で、時緒君はコンパスを橘君の瞳に向けました。
「その瞳を繰り抜いたら、お前を猫可愛がりにしている三年の連中が、さぞ哀しむだろうさ」
せせら嗤うと、橘君の無花果の唇が開きました。
「ひと思いに、心臓にしてよ」
最初のコメントを投稿しよう!