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 いつのまにかソウちゃんがカウンターの向こうに消えていた。次のバンドはリハーサルに手間取っているのか、なかなか始まらない。こんなときにかぎって……。  彼はまたメンソールをふかし始めた。 「悪かった」 「え」  人生で三度目の彼の謝罪。 「中学んとき、ずっときつくあたってて」  まさか。そんなこと。手持ち無沙汰になったからそんなことを口走ってしまったのだろうか。 「いや、全然、いいよ。いいよっていうか……最後の文化祭の日、ちゃんと話してくれたし、それが嬉しかったの……」  顔が熱いのは……カルピスサワーを飲みほしてしまった所為? 「嬉しかった?」 「……嬉しかった」 「なんで」  そっちこそ、なんでそんな意表を突いたことを訊いてくるの。 「なんでって、……そりゃあ、ずっと避けられてるのかと思ってたし」 「避けてたけど」 「だよね」 「嫌いじゃなかった」  彼が初めて私に顔を向けたそのとき、地響きのような低音がライブハウス中に響いた。次のバンドのSEだ。  私たちは二人同時に、ステージを振り向く。観衆が、ざわざわとどよめき始めた。  二人して、同じきらびやかなステージを見ている。ライトはジーマくらいにカラフルで、ガラスのように眩しく光を放つ。 「俺のバンド、この次だから」  彼が言った。 「聴いとけよ」  彼は何か続けたけれど、SEが大きすぎて何を言っているのか聞き取れなかった。 「え? 何、もう一回言って!」  彼が私の前を横切って外へ出ようとするから、大声で引き留めた。一歩、軽やかに足を踏み出す彼。 「出番終わったら、話したいことがある」  今度はちゃんと聞き取れた。彼が私の耳元で、唇を動かしたから。  彼はフロアから立ち去った。ステージの準備をするためだと思う。私はもう周りの音なんか耳に入らなくて、その背中を見送った。  彼の吐息が触れた左耳に手を押し当てる。心臓が高鳴って、身体全部がとっても、熱い。  きっと、あの頃のように顔が真っ赤になっている。 「話したいこと……」  私も、ある。たくさんある。だから、今度は勇気を持って……  こうして再びまた、恋が始まる。
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