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二人の関係に生じた歪みは、二人をつなぐ新たな鎖となった。
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中学に上がっても二人の関係は相変わらずだった。いや、慶介が変わらせようとはしなかった。
クラスが離れても登下校は荷物を持たせ後ろをついて来させたし、昼休みは自分の元に呼びつけて予鈴まで傍にいさせた。授業の合間の短い休憩時間までさすがに呼びつけることはできなかったが、慶介の威圧感に恐れをなして草司と積極的に仲良くしようとするクラスメイトはいなかったので、自分といる以外の時間はほぼ一人でいることが多かった。部活は二人でいる時間が減るから入らせなかった。
背が伸び学ランを身に纏い姿を変えても、後ろをついてくる草司に、自分は彼の全てを支配していると信じて疑わなかった。ある噂を聞くまでは……――。
「そういえば多田野って、春野といい雰囲気らしいな」
音楽室へ移動中、慶介とつるんでいるクラスメイトが、ふと思い出したように言った。
「いいよなぁ、春野。大人しいけど、目と胸がデカくて可愛い」
横を歩く別のクラスメイトがニヤニヤと笑う。普段ならその下卑た笑いに同調するのだが、その時の慶介にそんな余裕はなかった。何度頭の中でクラスメイトの言葉を繰り返しても理解ができず、混乱すらしていた。
草司が? いい雰囲気? 誰と?
草司のことは誰よりも把握し、支配しているつもりでいたのに、思わぬ取りこぼしに茫然となった。しかもその取りこぼしは、見逃せるほど小さなものではなかった。むしろ二人の関係を脅かすほどのものだった。
しかもそんな重大な取りこぼしを他人から知らされ、屈辱的な怒りを覚えた。草司はそんなことおくびにも出さなかった。あんなに自分といる時間が長いのに、だ。もちろん恋愛相談などされても応援する気などさらさないが、隠し事をされるのは気にくわない。
「……春野って、下の名前なに?」
「え? あ、えっと確か春(はる)野(の)智(ち)香(か)だったはず。多田野と同じクラスの」
いつもの様子と違う慶介に戸惑いながら、クラスメイトが答えた。
「ふぅん、春野智香、ね……」
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