【電子書籍】勇者様の荷物持ち(番外編:邪神様の荷物持ち)【サンプル】

6/11
前へ
/11ページ
次へ
 目を細め、渡り廊下から草司の教室の方へ視線を向ける。窓ガラスに光が反射してその先は見えなかった。  放課後、草司が日直だったため、自分の教室で待っていた。教室には夕陽が薄く差し込んで、机や椅子の影を濃くした。自分のクラスの日直はすでに仕事を終わらせ帰っていた。日直の仕事内容はクラスが違っても同じだろうが、要領の悪い草司は時間がかかっているのだろう。いつもは待ち時間が長いほどイライラしたが、その日は何の苛立ちもなかった。ただただ草司が来るのが待ち遠しかった。  パタパタと廊下を走る音が近づいてきた。このとろくさい足音は間違いなく草司のものだ。何年も聞いてきたから分かる。  慶介は夕陽の陰に隠れてそっと口の端を上げた。 「……なぁ」  自分の席に座らせ談笑していた相手に、艶やかな色を含ませ呼び掛ける。その声音に驚きと仄かな期待に目を丸くする相手に、唇を重ねた。 「お、遅くなって、ごめ……っ」  絶妙なタイミングで教室に入ってきた草司が言葉を詰まらせた。慶介と、自分といい雰囲気になっているという噂の春野がキスをしている光景を、唖然と見つめる草司に、胸に歪な恍惚が満ちた。 「遅ぇよ」  うっとりと夢見心地な春野から唇を離して、慶介が言った。立ち尽くす草司の顔に、傷心の色がじわじわと滲んでいく。春野は気まずそうに草司から視線を逸らした。  どのくらい二人がいい雰囲気であったかは分からない。しかし、慶介が言い寄ると春野は簡単になびいた。つまりその程度のものなのだ。 「今日は智香も一緒に帰るから」  教室の入り口で呆然と佇む草司に荷物を押しつけると、春野の肩を抱き寄せ教室を出た。しばらくしてその後を、下を向けば目の前の現実が目に入らないくらいの間を置いて草司がついてきた。その足音は、怪我を負った犬が足を引きずりながらついてくるような痛ましい響きをもっていた。  しかし慶介の良心は微塵も痛むことはなかった。むしろ当然の報いとさえ思った。慶介に隠してきた恋心が、慶介を欺いた罰として草司の心を傷つける。その皮肉さに、腹の底から暗い笑いが漏れ出そうだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加