【電子書籍】勇者様の荷物持ち(番外編:邪神様の荷物持ち)【サンプル】

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 二十分ほど歩いてから、春野とは別れた。最初こそ草司のことを気にしていた春野だったが、次第に後ろなど気にも留めず、頬を赤らめひたすら慶介の顔を見つめた。草司のことなど忘れたように、慶介に気に入られようと一心に相槌を打つことに集中する春野。そしてそれを後ろから湿った瞳で見つめる草司。その図が滑稽で笑いを堪えるのに必死だった。  春野と別れてから、二人は黙ったままだった。しかし、慶介はその沈黙が苦ではなかった。言葉を発さずとも、顔を見ずとも、グチャグチャになった胸中も、涙の気配を滲ませている目元も、手に取るようにして分かった。心の中まで把握しているということに、歪な快感を覚える。  家の前に着くと、慶介は後ろを振り返った。 「……お前、智香のこと好きだったんだろ? あ、いや、違うか。まだ好きなんだよな?」  口の端をつり上げて、嫌みたっぷりに言うと、思惑通り草司の顔が見る見るうちに赤くなった。屈辱と怒り、そして悔しさが頬の赤みに滲んでいた。  自分の思い通りの反応を示す草司に、痛快な嘲笑が胸の内に響く。しかしそれと同時に、自分の言葉を肯定するその反応に、胸の端がじりっとよじれた。  自分の思惑通りに事が進んだというのに、なぜイライラするのか。分からない。そのことが一層苛立ちを募らせた。  気づけば、草司の腕を掴んで引き寄せていた。驚いて顔を上げる草司。その唇に、キスをした。乾燥して荒れた唇は予想もしていなかった展開に驚いて固まっているようだった。春野の唇と違って、柔らかさも瑞々しさもない貧相な唇だ。なのに、鼓動が妙な熱を帯びてうねった。  舌を入れようとしたと同時に、草司が慶介を突き放した。 「……っ、なにすんだよ!」  口を拭いながら、草司が困惑気味に怒鳴った。自分でも理解出来ない行動をどう言い逃れようか迷ったが、すぐに口の端を上げて笑って見せた。 「……お裾分けだよ、お裾分け」  嫌みたっぷりに言い、逃げ腰になっている草司の鼻の先まで顔を近づけた。 「よかった? お前の好きな春野智香の味は」
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