【電子書籍】勇者様の荷物持ち(番外編:邪神様の荷物持ち)【サンプル】

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 フゥ、と唇にわざと吐息を吹きかけると、草司は顔を真っ赤にした。何かに耐えるようにして肩を震わせていたが、しばらくすると慶介に鞄を乱暴に押しつけ、そのまま家に入って行った。ガシャンと乱暴に閉められた門扉の音が、まだ微かに残って夕闇を震わせていた。  慶介はゆっくり自分の唇を触った。どうして自分があんなことをしたのか分からなかったが、そこに残る荒れた唇の感触や唾液の湿り気に胸が締め付けられるほどの甘い興奮を覚えたのは確かだった。  ****  春野の一件から、草司の恋愛に関する噂を耳にすることはなかった。思春期で異性への興味が強くなる頃だというのに、そういった素振りを少しも見せなかった。  春野の件がトラウマになっているのかもしれなかった。しかしそれを悪く思うどころか、自分のつけた傷が、鎖のように新たな恋に踏み出そうとする草司の心を縛り付けているのかと思うと、甘い鼓動が胸の底を震わせた。 「なぁ、これの続きは?」  草司のベッドに寝転びながら、読み終わった漫画を手にして訊いた。漫画の内容は、異世界に召喚された少年の冒険譚といった風なもので、ありきたりな設定だがそれ故に意外な展開が際立ち面白かった。  机に向かって座り勉強していた草司が、面倒くさそうに振り向いた。 「それは新刊まだ出てないんだ」 「なんだ、草司が持っている漫画にしては面白いと思ったのに」  漫画をポイッと放り投げると、草司は大きく溜め息を吐いた。 「……それが人に漫画を借りた人間の態度かよ」 「うるせぇな。人がせっかくお前のオタクな趣味に歩み寄ってやってんのに」 「それはドウモアリガトウゴザイマスー。というか、慶介は勉強しなくていいのか? 明日は鬼の安本先生の歴史だぞ」  付箋だらけの歴史の教科書をこちらに見せてくる草司を、慶介は一笑に付した。 「テスト期間に慌てて詰め込んでも無駄だろ。つーかそのくらいの内容、授業で訊いてその日のうちに復習すれば頭に入るし」 「あー、そーですか。さすが学年首席様は違いますねー。俺は首席様と違って頭の造りがよくないんで勉強がんばらせてもらいますー」
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