1.8月13日(火曜日)AM

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1.8月13日(火曜日)AM

   マンションに戻ると、真っ先に未完成のパズルが目に入った。  部屋のレイアウトは二年前から全く変わっていない。だから千景の視線は尚更、無意識にテーブルの上に置かれたパズルに向いてしまう。  山梨県にある浅間神社の写真の平面パズルだ。満開の桜の向こうに浅間神社の社が堂々と写っている。この場所に立って同じ景色を見てみたいと思うには十分なほど美しい風景写真のパズルだった。3000ピースある。  二年前、日方と二人で完成させようとしていたパズルだった。  しかし、完成させる前に日方は死んでしまった。  それ以来ずっと、千景はこのパズルを未完成のまま持て余している。  抜け落ちている残りの3ピースを嵌めて完成させることは、千景一人の力でも難しいことではない。二年もの間、毎日穴が空くほど見ているから、三秒もあれば完成する。  だけどできなかった。  ここまで完成させるまでに日方と色んな話をした。千景はそれを思い出す度に胸が苦しくなる。もう一度日方と話したいと思う気持ちが過去の記憶を呼び起こすが、それはもう二度と日方と話すことのできない現実を突きつけてくるだけだった。こんなパズルなんて買ってこなければよかった、と毎日のように考えている。  バラバラにして燃えるゴミの日に出して精々してもいいと、幾度となく思った。逆に、思い出を繰り返さないようにさっさと完成させて額縁に入れて飾るのもいいかもしれない、とも思った。  だけど……できない。  全然、なんにも。  ここから、一歩も動けない。  パズルの隣には、手のひらに乗るほどの小さな箱も置いてある。外見は革張りで宵闇のような濃紺、蓋の間から金色の蝶番が開閉する際にちら、と覗く。箱だけでも十分に高価な雰囲気が伝わってくる。  中には指輪が入っていることを、千景は知っていた。  しかもその指輪は、今自分が左手の小指にしている指輪と同じものであることも、分かっていた。  この小箱に入っている持ち主を失った指輪が付けられる宛は未来永劫、ない。
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