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今日は俺の親父の退職祝いパーティ。
俺の家でちょっとしたご馳走とケーキでお祝いする。
親父とお袋、俺だけでささやかに祝う筈だったのだが、兄貴夫婦、そしてつぐみと弘毅も顔を出してくれるそうだ。
こんなことなら俺の彼女、ゆりちゃんも呼べばよかった。
テーブルには寿司や親父の好きな天ぷら盛り合わせ、そしてケーキが所狭しと並んでいる。
ケーキはつぐみが手作りしたと、午前中に持ってきてくれたモノだ。
「さあさ。つぐみと鹿内君はちょっと遅れるそうだから、始めちゃいましょ!」
お袋の一言で、俺達はそれぞれのコップにビールをつぎ、乾杯の準備を始めた。
「じゃあ、僭越ながら、私が乾杯の音頭を取ります!」
お袋がそう言ってビールの入ったコップを持ち、立ち上がった。
「お父さん。お勤めご苦労様でした!お父さんのお陰で私達家族は何不自由なく暮らしていくことが出来ました。退職したからって老け込まないで、これからは自分の好きなことを思う存分やって、楽しく暮らしていきましょうね。それでは、乾杯!!」
「乾杯!!」
俺達はそれぞれのビールの泡を口に付けた。
「クーッ!!美味い!!みんな、今日はありがとさん!」
親父が感極まって、そう叫んだ。
「お義父さんとお義母さんは、もちろん恋愛結婚なんでしょ?いまでもラブラブですものね!」
兄貴の奥さんである真理子さんが、そう口火を切った。
するとお袋は眼鏡をクイッと持ち上げて、とっておきの秘密を打ち明けるような声を出した。
「あら。真理子さん、違うわよ?私とお父さんはお見合い結婚だったの。お父さん、若い頃は精悍で格好良かったのよお。写真見て一目惚れしちゃったの。うふふ。」
「え?そうだったのか?!」
俺も健太郎兄さんも初耳だったので、ふたりで顔を見合わせてしまった。
「アナタ、息子なのに知らなかったの?」
真理子さんが健太郎兄さんの肘を突く。
「だって親の恋バナなんて恥ずかしくって聞けるかっての!」
「だから結婚してから恋愛したって感じかしらね?ねえお父さん!」
お袋が親父に向かって、首を横にしてみせた。
「そうだったっけ?そんな昔のことは忘れちゃったよ。」
「まあ、とぼけちゃって!」
しばらくは親父とお袋の馴れ初め話で盛り上がった。
そしてふと話題を変えたのは、やっぱりお袋だった。
「・・・それにしても、鹿内君、やるわねえ。あの男嫌いのつぐみをその気にさせちゃうんだもの。
どんな魔法を使ったのかしら。」
お袋はそう言うと、マグロの握りをパクリと口に入れた。
「私は鹿内君が我が家に来た時から、ああ、この子はつぐみのことが好きなんだなあってすぐに気づいちゃいましたわ。だって鹿内君のつぐみを見る目が蕩けそうなほど優しいんですもの。
つぐみはすぐにロックオンされちゃったんだなって。」
真理子さんがうっとりと言った。
「僕だってすぐに気づいたさ。初めて一緒に晩酌したとき、僕は鹿内君に聞いたんだよ。彼女はいるのかい?って。そしたらそんな子がいたらここにはいませんって言って、そのあとすぐにチラリとつぐみを熱く見たんだぜ。それってつぐみ以外は眼中にないってことだろ?僕はすぐにこの家にいる間はつぐみに手を出さないでくれってお願いしたよ。」
健太郎兄さんはつぐみに彼氏が出来たショックを今でも少し引きずっているらしい。
拗ねた顔をしながら、大きくため息をついた。
「も~アナタったら、ほんとに野暮なことをするんだから。ほんと情けないわ~。」
「どうせ鹿内君につぐみを奪われてしまうのは時間の問題だったんだ。少しでもその時間を後にしたいっていう男親の気持ちも分かってくれよ。」
「はいはい。」
真理子さんは優しく健太郎兄さんの背中を撫でた。
「私だってわかっていましたよ?鹿内君の気持ちは。」
お袋がマウントを取りに参戦してきた。
「だって鹿内君が家に来ると、必ずつぐみの写真が入ったフォトフレームをチラッと見ていくの。たまにつぐみの話題が出ると、ひとつでも聞き逃さないとでもいうように、じっと耳を傾けていたしね。私は少しでも早く鹿内君とつぐみを巡りあわせたかったんだけど、つぐみは男嫌いだったしどうしようかと考えあぐねていたのよ?」
「それで母さんはウチに鹿内君を居候させようと躍起になっていたのか。」
健太郎兄さんが、やられたというように、自分の頭を叩いた。
「鹿内君は普段がクールだから、表情の変化が分かり易いのよ。あれで本人はバレてないと思っているのだから、可愛いわよね!」
「ほんとほんと!鹿内君のそのギャップ、たまらないですわ!ほほほっ。」
お袋と真理子さんが弘毅をほめそやすのを、親父と健太郎兄さんは苦笑しながら眺めていた。
とうとう俺がマウントを取る番が回ってきたようだ。
俺は大きくこほんと咳をしてみせた。
「みんなまだまだ甘いなあ。弘毅は、もうずっと前からつぐみのことが好きだったんだぜ?」
「ずっと前っていつよ?」
お袋が俺の話をせかした。
「俺達が高校2年生のときの話さ。弘毅はつぐみをそのときからずっと想っていたんだよ。」
「ええ??それほんと?」
「それが本当なら、もう5年越しの恋だったっていうの?あんなに格好良くてモテモテなのに、誰にもなびくことなく話すことも出来ない相手をずっと想い続けていたっていうわけ?」
「つぐみったら、そんなに愛されているのね?ねえ、健太郎さん?」
真理子さんが健太郎兄さんの顔をみつめる。
「ああ。そこまで愛されているなら、ま、つぐみを泣かすことはないだろう。」
健太郎兄さんもしぶしぶ頷く。
「愛、だわね。」
お袋が目を瞑り、唸った。
「それを愛というんだろうなあ。」
親父がのんびりとそういい、ビールを手酌した。
「そう!弘毅のつぐみへの愛は海よりも深く、山よりも高く、空よりも広いのだ!」
俺はそう言い切った。
そのとき玄関のドアがカラカラと開かれる音が聞こえた。
廊下から足音が鳴り、襖が開かれ、上気した顔のつぐみが顔を出す。
「こんばんは~。遅くなってごめんなさい!」
つぐみの肩越しに、弘毅が顔を覗かせた。
「こんばんは。お邪魔します。」
「おお。お二人さん。待っていたよ。」
親父が酒に酔って真っ赤になった顔で二人を手招きした。
つぐみはクマ模様のバックから長方形の箱を取り出すと、親父に差し出した。
「はい!これ、お祖父ちゃんにプレゼント。弘毅と一緒に買ったの。」
「おお。ありがとさん。中身はなにかな?」
「開けてみて?」
親父が包み紙を開き、箱のふたを取ると、濃いブラウンの万年筆が入っていた。
「弘毅が選んでくれたの。」
「康太郎さん、メモ魔だと前に伺っていたので。」
そういう弘毅の右手はそっとつぐみの腰に添えられている。
「さあさ。つぐみも鹿内君も、お腹空いたでしょ?どうぞ召し上がれ。」
「はーい。お祖母ちゃんのお料理、久しぶり。弘毅、食べよ?頂きます!」
「頂きます。」
つぐみはいそいそと、弘毅の皿に料理を取り分けている。
弘毅もそんなつぐみを優しい微笑みでみつめていた。
「つぐみ。愛されてるねえ。」
お袋がにやにやしながらつぐみにそう言うと、つぐみからとんでもない言葉が返ってきた。
「・・・あのね。弘毅は「愛」を知らないの。だから私が一生をかけて「愛」を教えてあげるの。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
俺達は長い沈黙のあと、同じ言葉を一斉に叫んだ。
「はああああ?!」
「鹿内君?君、愛を知らないの?」
健太郎兄さんの問いかけに、弘毅はしらっとこう言い切った。
「はい。俺は「愛」を知りません。つぐみは俺が「愛」を知るまで、一生そばにいてくれるそうですから。」
Fin
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