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両想い前夜 愛を知るまでは→弘毅side
つぐみと俺は兄と妹のような関係のまま、いくつかの季節が過ぎた。
そしてこの春、つぐみは無事希望の大学に合格した。
家庭教師でもある俺は、自分のミッションを遂行出来たことに安堵していた。
そして俺も大学を卒業し、中学教師として就職先を決めることが出来た。
就職先はS区の歴史ある中学校だ。
下町情緒あふれた街並みからぽっかり覗いた空には、スカイツリーが高くそびえ立つのが見える。
その景色を眺めながら住宅地を進むと、金網から広い校庭が覗き、鉄錆びた校門が見えてくる。
見回り警備員に会釈して校舎の玄関口に入り、客用の簡易スリッパを履く。
急いで買いそろえたスーツが乱れていないか鏡でチェックする。
職員室の扉を開けると、教頭が出迎えてくれ校内を案内してくれた。
ゆるいパーマにベージュのブラウスを着た、柔らかな雰囲気の女性だ。
「鹿内先生にはこの春から新2年生の副担任を受け持って頂くことになるわ。担任の渋川先生はベテランだから、しっかり学んで頂戴。」
「はい。」
中学2年生の副担任、か。
流川恭介と俺が初めて出会った時と同じだ。
あの時の流川のような教師に俺はなれるだろうか?
いや、そのために教師になったのだ。
ひととおりの挨拶と説明を受けた俺は、古い校舎を後にし、流川を訪ねた。
流川は俺が通っていた中学から転任し、今は郊外の中学で相変わらず生徒達に社会科を教えている。
「やあ。鹿内。久しぶりだね。」
流川と最後に会った日から季節がふたつ流れていた。
半年前に結婚した流川は、アイロンがしっかりかけられた襟の白いシャツに折り目正しいズボンを履いていて、着ている服自体が以前より洗練されたように思えた。
きっと奥さんの手入れが行き届いているからだろう。
ふたりは披露宴をせずに、二人だけでこっそり教会で式を挙げたという。
流川とその両親の確執は、まだ終わっていないらしい。
流川は人気のない食堂に俺を案内し、コーヒーをおごってくれた。
「俺もやっと、先生に追いつくためのスタートラインに立てたよ。」
俺はコーヒーを口に含み、流川に微笑んでみせた。
「赴任する学校はどんな感じだった?」
「古いけど、結構良さげだった。街並みもなんだか懐かしい風景で。」
「しかし狂犬の弘毅と呼ばれた鹿内が教師になるとはな。ま、お前の学力なら楽勝か。」
「そんなことねーよ。それなりに努力した。」
「そりゃそうか!悪かった。」
「・・・なんかアドバイスくれよ。良い教師になるためのさ。」
「そうだなあ・・・」
流川は両手を上げ、大きく伸びをした。
「お前が教師になりたいと思ったきっかけはなんだ?」
「俺は・・・俺みたいにはぐれた人間の支えになりたいと思った。先生が俺にしてくれたように。」
「そうか。じゃあそれを絶対に忘れるな。何事も、初心忘るべからず、だぞ。」
「・・・ああ。」
「ところで、お前、例の彼女とはどうなった?」
「なんだよ・・・突然。」
「いや。ちょっと気になってさ。」
流川にだけは、つぐみとのことを話していた。
「彼女、大学決まったんだよ。やっとこれで俺も家庭教師をお役御免ってとこ。」
「じゃあ、いよいよ告白か?」
「ああ。そのつもり。」
「勝算は?」
「俺は負け試合はしない主義だから。」
「相変わらずカッコイイな、お前は。頑張れよ!」
流川は俺の背中を強く叩いた。
「痛ってーな!・・・そっちはどうなんだよ。奥さんとは上手くいってんの?」
「もちろん!昨日も焼肉デートしちゃった。ウチの奥さん、お肉焼くの上手いんだよね~」
にやけ顔の流川を俺は忌々し気に眺めた。
堂々と惚気やがって・・・。
奥手な流川は、同僚の女教師からの熱烈なアタックに根負けした形で付き合いを始めたという。
奥さんは流川より4つ年上のしっかり者。
しかし、今では流川の方が奥さんに夢中で、家庭ではさっそく尻に引かれているらしい。
「これはまだ誰にも話してないんだけど、鹿内には特別に教えちゃう。」
「なんだよ。」
「・・・・・・。」
「早く言えよ。」
「実は僕、もうすぐパパになります!」
秘密を打ち明けた少年のように、流川は満面の笑みを浮かべた。
「マジか・・・。」
流川もとうとう親父になるのか。
俺と出会った頃はまだまだ新米教師だったのに。
「なあ。父親になるってどういう気持ちなんだ?」
俺は親父からの愛を知らない。
だから俺は自分が良い父親になれるかどうか、正直自信がない。
「うーん。まだ赤ん坊を抱いていないから判らないけど、やっぱり嬉しいよ。早く産まれてきて欲しい。そしてその子を育てるというより、一緒に成長していきたい。親って子供を育てると同時に、子供に育てられるものだと思うんだ。そう思えばなにも怖くない。それは教師という職業も同じさ。俺達は生徒に教えられる立場でもあるんだよ。そう思えば気も楽になるだろ?」
流川のその言葉は、生徒達と上手く接することが出来るだろうかと気負っていた俺の心を軽くしてくれた。
「先生。子供が産まれたら連絡してくれよ?必ずお祝いするから。」
「おう。そしたら鹿内、彼女連れてウチへ遊びに来い。」
つぐみはきっと生まれたての赤ちゃんを見て喜ぶだろう。
俺はその時を思い浮かべ、目を細めた。
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