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家を出るタイミングは整い、引っ越しの準備のため荷物を整理していると、つぐみがコーラを差し入れてくれた。
「お。サンキュ。丁度喉が渇いたところだった。」
俺はありがたく、その黒い炭酸水を受け取り、喉を潤した。
「そんなに急いで、家を出ることないのに。」
引き留めてくれる気持ちは嬉しいが、この家を出ないことにはつぐみと付き合うことが出来ない。
それが健太郎さんとの約束だからだ。
未来の義父となるであろう男に嫌われるようなことは、絶対に避けたい。
この気持ちを今すぐつぐみに伝えられないのがもどかしい。
「ここから電車でたった二駅しかないんだぜ。いつでも会えるよ。」
「そうですね。」
つぐみは淋しそうにそうつぶやいた。
「ここでの思い出は一生忘れないよ。家族の温もりや楽しさを俺に教えてくれた。本当に感謝している。」
「そうですか。それなら良かったです。」
「つぐみとも出会えたしな。」
「・・・私も鹿内さんに出会えてよかったです。一生忘れません。」
「大袈裟だな。まるで永遠の別れの挨拶みたいだ。」
「お別れはお別れでしょ?だって鹿内さんはこの家を出て行ってしまうんだから。」
つぐみはいまにも泣きそうな、怒っているような声で言った。
大丈夫。そんな顔しなくても、この家を出たらすぐに迎えに行くから。
俺はふたたび作業に戻った。
「鹿内さん」
つぐみの声に俺は振り返った。
「幸せになってくださいね。」
俺はつぐみのまっすぐな瞳をみつめた。
「・・・うん。俺は幸せになるよ、きっと。」
これからつぐみと幸せなときを重ねてみせる。
つぐみ、必ず君を幸せにする。
「つぐみも、な。」
俺とつぐみは小指を絡め、お互いの幸せを誓い合った。
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