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俺は山本信二。
早慶大学を卒業したばかりの新米サラリーマンだ。
大手出版社の児童書を取り扱う部署へ配属され、子供達の心を温かくしてくれるような絵本を出版するべく、日々奮闘している。
俺と絵本との出会いは小学校低学年の時だ。
俺自身は絵本なんてまったく興味がなかったけれど、兄貴の娘で俺の姪っ子になるつぐみが幼稚園生になったとき、絵本を抱えて俺の肩をつんつんと突き、「しんじおにいたん。絵本読んで!」とせがまれたのがきっかけだった。
つぐみは赤ちゃんのときから俺によく懐いて、いないいないばーをしてやると声を出して笑った。
そんなつぐみを俺は妹のように可愛がった。
絵本を読んであげたり、かくれんぼやボール遊びにも付き合った。
つぐみは親鳥についていくヒナのように、俺のあとをどこへでもちょこちょこと付いてきた。
本当に可愛らしくて、文字通り目に入れても痛くないほどだった。
つぐみの容姿が他の女の子より段違いに可愛らしいと気づいたのは、つぐみが幼稚園に入園してからのことだ。
幼稚園の出し物である学芸会で、つぐみの所属する花組では「白雪姫」を演目としていた。
つぐみの役は白雪姫の継母が化けたお婆さん役だった。
「なんでつぐみが婆さん役なんだ!悪役じゃないか!」
つぐみの父で俺の兄貴である健太郎兄さんが憤慨していると、その妻真理子さんが「まあまあ。継母が化けたお婆さんだって立派な役よ?毒林檎を渡す役を任せられるなんて演技力があるって証拠じゃない?」となだめすかす。
そんな兄夫婦やつぐみの祖父母である俺の親父やお袋と一緒に、俺もつぐみの晴れ舞台をカメラを片手に観に行った。
つぐみは黒いマントを被り、段ボールで作られた杖を片手に台詞を大きな声で叫んだ。
「しらゆきひめ!このりんごはとてもあまくておいしいよ!どうぞひとつもっておいき!」
その鈴の音のような声もさることながら、黒いマントを被っているのにも関わらず、白雪姫役の女の子より、何倍も光り輝いていた。
兄貴の顔はやくざか悪役俳優かというくらい強面なので、完全に真理子さんのDNAを受け継いだのだろう。
俺はそれがとても自慢で、つぐみの写真をことあるごとに撮っては、パソコンの家族フォルダの中にその写真達を収めていった。
つぐみは兄貴夫婦が7年間不妊治療した末にやっと生まれた一粒種だから、それはもう甘やかされて育った。
でも一番つぐみを甘やかしていたのは俺かもしれない。
虫歯になるからと禁止されていたチョコレートをこっそりつぐみに食べさせたり、急降下で危険だからと真理子さんが難色を示すアスレチック公園の滑り台を俺の足の間につぐみをはさみ、一緒にすべったりもした。
そんなつぐみに事件がおきた。
あれはつぐみが小学校2年生の時だった。
つぐみと真理子さんがショッピングモールで買い物をしていたとき、つぐみが知らない男に連れ去られそうになったのだ。
間一髪で助けられたつぐみだったが、そのことがトラウマになり、男が大嫌いになってしまった。
そのことで真理子さんは罪悪感からか、しばらくその花のような笑顔が消えてしまったほどだ。
もちろん俺や兄貴は特別だったが、それ以外の男が近くにいるだけでしばらくは大泣きして大変だった。
学校でもつぐみの可愛さに惹きつけられた男子達に、つぐみの気を引こうと色々と悪戯をしかけられ、つぐみの男嫌いはますますひどくなっていった。
俺はなんとかしてあげたいとは思うものの、その解決策を与えてやることが出来ずに月日だけが流れていった。
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