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5
そんなこんなで、幸成が教室に滑り込んだのは昼休みが終わる寸前だった。我先にとクラスメイトが幸成目掛けて殺到しようとしたが、
「後で詳しく聞かせろよ」
そう念押しされつつも、天能寺先輩への質問攻めはお預けとなった。次の授業が体育Ⅱいわゆる超人体育だったのも幸いした。
拡超能力科との合同体育の為、わらわらとクラスメイト達は教室を出て、体育館の更衣室へ向かった。幸成も続く。
体育館の正面玄関から入ると、私立礼和学園総合体育館のアリーナはかなり広かった。各種、拡超マシンが設置されているトレーニング室、ニ階には観客席回りの狭い通路いわゆるキャットウォークがある。
アリーナ内の更衣室には、防犯仕様のロッカーが並んでいた。この辺りも費用がかかっているのだろう。
皆雑談しながら、対能力場スーツに着替えて行く。耐熱、耐刃性のスーツに衝撃で硬化するせん断増粘流体 が仕込まれている。
着替えた後、ぞろぞろ体育館館内に出た。フローリングにはコートラインが引かれている。ラインごとにそれぞれの競技フィールドがあった。その中央へ生徒達は整列して行く。体育Ⅱいわゆる超人体育を担当する教師──小笠原が前に出て、生徒達に指示を出そうとしていた。
「整列したな、よし!ではこれより合同体育の授業を始める」
異論を唱える者はいなかった。小笠原はそのまま頷いて続ける。
「今日は拡超コンバット《神業》の模擬戦を行う!一応ルールを説明するが、相手を攻撃・防御して先に相手の対能力場スーツの防御ゲージを削りきった方が勝ちとなる!」
小笠原教師が全体を睨め回すように、告げた。要するに模擬戦をして、能力向上を図ろうという授業である。
「まずは見本として二年の拡超能力科のエクシード生徒が模擬戦に協力してくれる事になった!一人ずつ前に出ろ!」
待ってましたとばかりに、ずいっと二人の生徒が前に出て自己紹介が始まった。
「神業リーグⅡ所属、拡超能力科二年の日野瑛二だ。よろしく頼む」
「同じく拡超能力科ニ年、神業リーグⅡ所属の早乙女麗でーす」
彼らの紹介に生徒達からざわめきが起こった。それもその筈だ。神業リーグとは神業のプロリーグ即ち彼らはプロだからだ。
日野瑛二は、明るい茶髪をツーブロックに刈り上げたスポーツ刈りで、引き締まった身体つきをしている。長身だが無駄の無い筋肉は、スプリンターのような印象だ。
対する早乙女は飄々とした雰囲気があるものの、長身に浅黒い肌とエキゾチックな容貌をしていた。どことなくやる気なさげなギャルっぽい印象だ。
「うむ、では始めるぞ!」
小笠原教師の合図を告げた。
拡超能力を使う感覚は、夢の状況を自分の思い通りに変化させるいわゆる明晰夢を見る感覚に似ている。
重要なのは『色』『受』『想』『行』『識』の五つ過程を経ることで、夢の中でこれは夢だと自分で認識することだ。
日野の眼球がギロリと蠢いた。
瞬間、拡超能力を司る代脳皮質いわゆるAI《エージェント・インテリジェンス》(人交知能)により、連合拡超野の相対空間認識領域が一気に拡張される。周囲の物体即ち『色』の三次元データを捕捉しながら、精神的イメージと視覚を司どる一次拡超野の視覚拡超野が連動して、活性化。
自らが感じた感覚的質感いわゆる感覚質として感『受』すると、『色』のデータに重ねて『想』像フィルタ処理を行う。
同時に能力を媒介する力場いわゆる能力場の量子として、《能力子》が、発生。能力波を放ちながら、日野は四方八方に手を伸ばす焔の巨大な手をイメージした。すかさず拳を握り締めるように、収束する。
そのまま『行』動の意志を込め、
「──打て!」
かっと目を開き、右腕を振り下ろした。
能力レンズ効果により、能力場があるべき因果を捻じ曲げた。現実歪曲空間(reality distortion field)内で脳裏に思い描いた結果が現実として日野の眼前で認『識』される。
途端に右腕が光に包まれ、燐光を散らす。手から焔が現れ、鞭のように、しなりながら、早乙女に襲いかかった!
彼は自然現象を操作する然動能力者それも念力発火炎隔操作能力者だろう。彼の完全念焼は、燃え尽きるの名の通り、触れた者を一瞬で炭化させる凶悪な力を持つ。
「ちょ、ちょっと待っ」
と、早乙女の反応を待たず、焔は容赦なく対能力場スーツの防御ゲージをごっそり削る。
「おら!」
振り下ろした右腕を今度は振り上げ、日野が畳み掛けた。
「全く。せっかちだなあ……」
迫りくる焔を前に早乙女がぼやきつつ、
「|魂蟲憑本と蟲射針銃(キャッチアンドリリース)!」
と両手を広げながら、続けた。『行』により、早乙女の『想』が認『識』され、右手に短針銃、左手に標本箱が現れる。
(ほう、顕現能力者か)
その光景に感心したように小笠原教師が目を眇めた。
顕現能力者はいわゆる物体具現化能力者だ。特異因子系統に属し、基礎因子系統の物体を操作する物操能力者いわゆる念動能力者や物体に付加する付加能力者が昇格して発現する。創造した物体に能力を付加したり、操作することに長けた系統だ。
「ちまちまやるのは性に合わないし」
早乙女は焔に向けて無造作に短針銃の引き金を引く。
──轟音。標本箱の標本針に刺された蝶が光るや否や、右手の銃から短針が飛び散った。
焰をものともせずに、日野に殺到する。強力な焔といえど、物理的な干渉を撥ね退けられるわけではないのだ。人体ならいざ知らず。
「ちっ!」
日野は舌打ちしながら、右へ飛び退き、すんでの所で回避。間一髪で躱すも、何発か掠ってしまう。
短針はそこかしこで着弾。同時に光る蝶がとなって弾けた。降り注ぐ火の粉を鱗粉とするように、次々と着弾した無数の光る蝶が舞い上がり弾け──
「くっ!」
体勢を整える日野の視界が潰された。咄嗟に焰を周囲に展開し、念力発火のドーム状防壁を貼る。が、それを意に介さず、光る蝶は雨霰と焔に降りしきる。
それは焔に巻き込まれ、散り散りになった光の蝶が、連鎖的に散るという幻想的な光景だった。焔と桜が降りしきるように。
鬱蒼と茂る密林のように、日野の瞳の光が消え、遠くを見つめるように、茫洋したものに変わる。
(幻覚能力か?)
日野の様子に小笠原が訝しむ。
どうやら早乙女は蒐集した物体に、憑本針を刺し、刺した物体の能力を付加して蟲射針として発射する能力のようだ。
《幻蝶》に目が眩んだ一瞬を逃さず、早乙女は大きく距離を取った。
基本的に然動能力者は火力が高く、範囲攻撃に優れる反面、接近戦に弱い。自らの能力に巻き込まれる危険があるからだ。定石ならここで一気に距離を詰める所だが。
だが、早乙女が距離を取るのも無理はない。彼女の能力は両手が塞がるデメリットがあるし、何より短針銃は近接戦闘向きではない。
そう言わんばかりに早乙女は素早く、短針の再装填を行った。
其の隙に日野は一瞬眩んだ意識を取り戻す。
一体何が……?と日野が訝しむと、早乙女が持つ標本箱が光り始めた。今度は蜂だ。日野の脳裏に嫌な予感が走る。
「まさか……」
彼の予感はすぐに現実となった。バチィと早乙女の短針銃が、紫電を纏い嘶き──
ドォォォォォン! 光と音そして衝撃波を伴いながら短針が、発射された。《焰幕》を易々と突き破り、彼を襲う!
「電撃付加系!?」
一瞬の判断で日野は身を捻り、転がるようにして回避した。直撃こそ免れたものの、かなり対能力場スーツの防御ゲージが削られてしまう。
日野は痛みに耐えつつ、痺れる身体に鞭打ち、距離を取った。念力発火の念力を物理攻撃に有効な念動防御に回し、追撃に備える。
元々、然動能力者の自然操作能力は、物操能力者の物体操作能力いわゆる念動力から派生した能力だ。物操能力者の能力が使えない訳では無い。
ただ、本職と比べて威力が落ちるのは勿論、回した分だけ念力発火の威力は落ちる。
「──いや、俺らしくない」
そう呟きつつ日野は念動防御を止めた。攻撃は最大の防御と代脳皮質の演算能力を念力発火の火力に注ぐ。
同じ遠距離攻撃型──同じ土俵の上での能力の撃ち合いは望む所だ。
早乙女をきっと睨みつけると、早乙女も彼から目を離すことなく、
「ふーんあたしの《雷蜂》とやり合うつもり?」
と不敵に笑いながら、短針銃を構え挑発する。
対する日野は静かに焔を循環させつつ、念密な『想』による強化を施した。念力の渦に沿って《焔幕》が揺らめく。
光が屈折し、早乙女の照準が定まらない。いわゆる陽炎は《焔幕》の副次効果だ。
両者睨み合ったまま膠着状態が続く中──
「──弾けろ!」
日野が仕掛けた。風に揺らめく紗幕のように、焰が一際大きく揺らめき──一瞬で燃え広がる!焔は焔を呼び、《焔幕》が爆発的に加速した。瞬く間に《焔奏》となって早乙女に襲いかかる。
それを阻むべく、早乙女の短針銃が火を噴いた。散弾のように、電磁加速された短針が四方八方に散り撒かれる。
爆風と耳を劈く轟音そして閃光が入り乱れた。壮絶な撃ち合いにより、そこかしこで悲鳴が上がる。
その時だった。轟と空気を震わせ、目に見えない何かが両者に割って入った。
「──お前等はしゃぎ過ぎだ」
強力な念気圏に囲まれながら、小笠原教師が、呆れたように、呟く。念気圏対流により、念力を循環させながら、伸ばした念動操手(サイキック・マニピュレータ)いわゆる|第三の腕(サード・アーム)が、二人の間に割って入ったのだ。
その数、およそ六本。同時に六つの念動操手(サイキック・マニピュレータ)を操る小笠原の能力、|阿修羅の六想駆手(デーモンズ・シックスハンド)だ。
それは戦闘を止めるには充分だった。両者は互いを見据えたまま硬直する。小笠原が万力を締めるように、念動の威圧を掛けながら、二人の顔を睨みつける。圧倒的な密度の念力に晒されて、二人は押し黙るしかなかった。
小笠原は二人を交互に見やり、
「ちっとは頭冷えたか?」
とぼそりと呟く。有無を言わせない雰囲気に、早乙女と日野が不承不承という感じで頷いた。それを見た小笠原は、念動力の出力を緩める。二人の能力は少しずつ減衰して行った。
同時に早乙女の《雷蜂》、日野の《焔奏》も元の状態に収束する。一触即発だった空気はいつの間にか霧散していた。周囲の生徒達も緊張から解き放たれ、安堵のため息を漏らす。教師には流石に喧嘩を吹っ掛けるような愚かな者は居ないようだ。
そんな中、小笠原教師は徐に日野と薫の方に向き直った。小笠原は二人が落ち着いたのを見て取ると、 一旦、日野の方に視線を向けた。彼が怒りに任せて能力の制御を乱していたら大怪我では済まない事態になっていたかもしれない。そのことに関して何かしら小言を言うのかと日野は思ったが、違ったようだ。
「──さて。模擬戦は堪能出来たか?」
小笠原が生徒達に向かって語り始める。早乙女も、日野も、ただ黙って彼の話に耳を傾けた。
なんとなく毒気を抜かれたような気がするからだ。早乙女は短針銃を消したし、日野は焔を収束させたしで、互いに矛を収めたというところか。
二人を一瞥してから、小笠原がまとめに入った。彼は今回の模擬戦を総括する。
端的に言えば、能力の制御がまだまだ甘い。念動力は、その強弱や精度で、戦闘時の優劣が大きく変わる。特に戦闘中は精神状態も大きく影響するので、より繊細な操作が要求されるのだ。
また能力の応用性と汎用性も大事だ。例えば日野の場合、焰を自在に操ることで、攻防一体の戦闘が可能だが、それはあくまで焰に限った話である。焰が効かない敵や、焰が効かない状況も想定しなければならない。
つまり、その応用力と汎用性によって勝敗が決まると言っても過言ではないのだ。最後にこう付け加える。
「この模擬戦は能力制御の訓練でもある。自分の能力をよく理解し、より深く制御することを念頭に置いて訓練に臨んで欲しい。以上だ」
小笠原はそう締め括ると、おもむろに合同クラス全員を一通り見回した。手をぱんぱんと叩きながら、
「日野や早乙女直接攻撃する能力を持っている生徒もいるが、得てして格闘技や戦闘術に秀でている生徒は搦め手も得意な奴が多い!そこで、模擬戦を行う前に基本の動き方を覚える事となっている! まずは準備運動からだ。柔軟体操をやるぞ、二人一組で!」
と言い渡す。
柔軟体操を全員でやっていると、キーンコーンカーンコーンと鐘の音が鳴り響く。授業の終わりを告げる合図だ。どうやら模擬戦に時間をかけ過ぎたようだ。
「今日はここまで」
と小笠原は皆に解散を言い渡した。
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