アルカナゲーム

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0 「私、初めて会った時から貴方の事が──」  少女は神妙な面持ちで告げた。一陣の春風が吹け抜け、続く言葉を遮る。春といってもここ私立礼和学園の屋上はまだ肌寒い。対峙する少年は、ゴクリと思わず固唾を呑む。心臓の鼓動がやけにうるさい。  無理もない。美しい少女だった。神懸かった端麗な顔立ちに、切れ長の二重瞼の瞳は黒真珠のように煌めいている。白いカチューシャをした艶のある黒髪は腰元まで流れ落ちる。桜色の唇に、雪のように白い肌、細い首。スラリと伸びた華奢な身体付きだが、胸はブレザーを押し上げるように膨らみ、スカートから伸びる長い足はすらりと引き締まっていてる。いかにも大和撫子という言葉が似合った。  対する少年の容貌は、普通といえば普通だ。ただ、まだあどけなさが残る顔は、鼻筋がすっきりと通って彫りが深く男前ではある。体格は中肉中背といったところで、とび抜けてイケメンというわけでもない。ただし、二重瞼の黒瞳の奥を覗き込むと、どこか人を引き込む力強さを感じた。  少女が乱れた髪を整え、一呼吸おいた後、 「──怪盗『隠者(ハーミット)』だと気づいていました」    少女は言葉を繋げる。 「は?」    予想外の言葉に思わず少年は素で聞き返してしまった。 (確かに初対面に近い女子から告白なんて有り得ない。有り得ないけど……夢くらい見たっていいだろう!いいだろう!って待て、待て。今なんて言った?) 「何故わかったそんな顔をしてますね。ではその証拠を見せましょう」  制服のポケットから手袋をした右手で何かを取り出す。 「これに見覚えはありませんか?」 「まさか──」 「そうこれは貴方が私とぶつかった時、落とした制服の釦です。ただの釦ですが……」  少女は徐ろに右手の白い手袋を外す。おずおずと釦に触れ、ウインクするように、右目だけ閉じた。 「……やっぱり──」  少年が息を呑んで見守る中、少女の左目が、茫洋とした翡翠色に変わる。間髪入れず掠れた声で囁いた。 「………………そう私の左目は触れた物体の残留記憶を──」 ……………… ………… …… … ──────────────────────────  矢頭銀次様  今宵、貴殿の所有する能力、大アルカナの 『(ストレングス)』を頂きに参上致します。           怪盗 隠者(ハーミット) ──────────────────────────              金属カードの文面に目を通すと、男──矢頭銀次は怒りに打ち震えた。 「予告状だと……なめくさりやがって!」  怒声が部屋中に響き、周りの徒弟達がビクっと反応する。  最近、急速に勢力を拡大した広域指定の犯罪組合(クライムギルド)《関東赤城連合会》傘下の矢頭一家組合事務所にて。高級皮張りの椅子にどっしりと座り、紫壇の机に肘を置きながら、金壺眼で周りを睥睨した。  銀の短髪。ダークスーツに身を包み、服の上からでも分かるほど、鍛えられている。手にした金属製カードはくしゃくしゃに握り潰されていた。  この人物こそ、赤城連合会の組合長補佐にして矢頭一家の親方(クライムマイスター)、矢頭銀次その人だ。通称、皆殺しの銀次。超武闘派の拡超(EX)能力犯罪者集団を率い、圧倒的な戦闘力でのし上がった、拡超(EX)能力の申し子にして、裏社会の時の人だ。  ──拡超(EX)能力。  微細機械(ナノマシン)の暴走により、英雄症候群(ヒロイックシンドローム)が蔓延した新英雄時代(ネオヒロイックエイジ)、治療のため、人間能力拡張遺伝子工学技術、通称EX技術が発達し、身体・知覚能力だけでなく、認識、存在そのものを拡張した者が現れた。彼らは《拡超能力者(EXceed)》或いは拡超された人種(|靈超類《EXseed)》と呼ばれ、一部の富裕層が、EX技術を独占することで、貧富の差は、能力の差引いては人類(ヒューマン)(靈長類)と超人(トランスヒューマン)靈超類(EXseed))という種の対立を浮き彫りにする。  超人(EX)スポーツなど拡超能力者(エクシード)が受け入れられる一方で、拡超(EX)能力犯罪が急増し、治安は悪化の一途を辿った。中でも劇場型拡超(EX)能力犯罪は世間を騒がせ、その代名詞が、能力専門の怪盗『隠者(ハーミット)』だ。神出鬼没で殺しをせず、奪うのは能力だけ。予告状など派手な演出から一部の無能系(ノーマル)一般市民に義賊扱いされ、熱狂的な支持を得たが、ある日を境に忽然と姿を消した。  ちょうどニ年後の今年、突然、怪盗『隠者』は活動再開と共に二代目を名乗り、話題となっている。  今まさにその人物が、話題に上り、部屋に緊迫を齎していた。矢頭は徐ろに口を開く。 「──我が《関東赤城連合会》の掟はなんだ?」 「血には血を、死には死を……です、親方(クライムマイスター)」  矢頭の直ぐ側に控えていた男がすかさず答える。  男は痩せ細った痩身をダークスーツで包み、一見すると幽鬼のようだ。ただ、爬虫類を思わせる怜悧な瞳だけが異様にギラギラと輝いている。  親方の右腕、徒弟頭の工藤ヤスだ。 「では分かるな?こんな舐めたことする奴にするべきことを」  ゆっくりと言い含めるように、銀次は話す。 「勿論です。怪盗だかなんだか知りませんが、こんな舐めたことする奴は、俺のこの拡超(EX)能力で──」  そう言うと、ヤスは掌を高く掲げる。次の瞬間、揺らめく空間から刀が現れた。ヤスの掌にすっぽり収まると、そのまま振り下ろし── 「!」  迫る刀に銀次は咄嗟に反応した。完全な不意打ちだ。反応出来たのは数々の修羅場を潜り抜けて来た賜物だろう。 「てめえ!ヤス、何しやがる!」  高級皮張りの椅子を蹴倒し、素早く臨戦態勢を取りながら、銀次は吠える。どうやら怪我はないようだ。周りの組合員達も突然の出来事に咄嗟に動けない。 「何ってそりゃ予告したでしょうが、親方(クライムマイスター)さん」 「てめえ、まさか……『隠者(ハーミット)』か!」  その発言に先程の予告カードを思い出す。 「さて、どうでしょうね、案外裏切っただけかも知れませんよ?」  人を食ったことを言いながら、ヤスは刀を正眼に構えた。囲まれないように注意しながら、ドアへ躙り寄る。 「何呆けてやがる!殺せ!」  銀次の言葉に徒弟達が我に返った。一斉にヤス目掛けて武器を構えた。  その時だった。突然、銀次の目前に数字が現れ、秒単位でカウントダウンを始め──    ──三〇〇  ──二九九 「ちっ!」  どうやらあの時完全には躱し切れなかったようだ。恐らくこのカウントダウンは、なんらかの拡超(EX)能力が発動した証だろう。このままでは──  即座に銀次は動いた。次の瞬間、体が振れる。消えた──と思いきや一瞬で間合いを食い尽くした! 「おらぁ!」  銀次は腰を落としながら、吠えた。拳を繰り出す。爆発的に加速しながら、拳のスピードは優に八十キロを超え── 「!」  寸前で、拳を止めた。空中に浮かぶ物体を見て。ピンが抜かれた閃光音響弾(スタングレネード)が今にも爆発しそうだった。  銀次は自身の拡超(EX)能力で聴覚、視覚など身体感覚が大きく強化されている。故に閃光音響弾(スタングレネード)に対して人より弱い。 「くそがっ!」  銀次は弾かれたように、飛び退いた。目を閉じ、耳を塞ぎ、口を開ける。次の瞬間、瞼裏まで閃光が突き刺さった──   ……………… ………… …… …
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