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牡丹雪のように、はらはらと桜が降りしきる。春先のまだ冷たい風が、吹き付け、正門へと続く並木道に絨毯のように、桜が敷き詰められた。学生達が、朝日の柔らかなスポットライトを浴びて、桜の絨毯を進んでいく。
皆一様に襟袖が白で縁取られたブレザーの制服を着ていた。ジャケットには雪の結晶──✻──の様な校章がある。
雑談を交わしながら、まだ慣れない新入生を交えぞろぞろ進む。その行列の中、
「私立礼和学園か……」
幸成は、一人、正門を正面に見据え、感慨深げに呟いた。
──私立礼和学園。
私立礼和学園は東京湾に浮かぶ巨大人工浮島群いわゆる第零特区に校舎を構える。第八臨海副都心巨大人工浮島都市構想特区、通称「第零特区」は、拡超能力開発研究実験構想に基づき、二十三区に新たに加わった特別区域だ。
雪の結晶──✻──のように、中央の正六角形を中心に、それぞれ六方向に突き出した巨大人工浮島、合計七つの巨大人工浮島群で構成され、この学園は、北北東の巨大人工浮島の付け根に位置する。
生徒数約二千人のマンモス校だが、特筆すべきは拡超能力科(旧異能活動科)があることだろう。超人格闘技に代表される超人スポーツ選手や地域ヒーロー活動を行う者などプロとして活躍する生徒のため、カリキュラムには、柔軟性があり、プロとしての心構えにも重きをおいている。エクシード名鑑にも乗る有名エクシードを多く輩出し、エクシード御用達の学校として、知られる。
苛烈な生存競争の末、敗者が勝者に全て奪われる第零特区に於いて、その縮図と言える礼和学園のことを人はこう呼ぶ。
──零和遊戯学園、と。
その呼び名を支えるのが、「仕事」と「人」に重きをおいた能力成果絶対主義であり、固定的かつ階級的なスクールカーストだ。能力成果絶対主義に基づき、生徒は皆、顕在能力(具体的な課題遂行能力)のみならず、潜在能力、学力、生活態度などにより総合的に査定された後、学校など監督責任者より、督点通称「ポイント」が付けられ、校則違反事に、通称「罰点」が付けられる。
また生徒会等運営組織の役職ポストには特典として特点の支給などポイントの《星等級総合序列》に応じて、その待遇が大きく変わる。それだけではなく、強いコネを持つ有名異能事務所の斡旋等将来にも大きく関わるのだ。
「……あれって天能寺さんじゃない?星等級総合序列序列七位の」
つらつらと物思いに耽っていると、不意に幸成の耳に聞き覚えのある名前が滑り込んで来た。我に返り、思わず聞き耳を立てながら、前方に目を遣る。
正門の向こう側──敷き詰められた赤い煉瓦の道を悠々とその人は歩いていた。
スポットライトのように、煌めく朝日を浴び、その様は、レッドカーペットを歩くハリウッド女優にも勝るとも劣らない。
すらりと伸びた脚線美に、風に煽られたロングの黒髪は、朝日を反射して輝く。一本一本が細い絹糸のように繊細で美しく、サラサラと靡いていた。背中には、威風堂々とした女王に相応しい気品が漂い、風格がある。
──天能寺紫。
異能事務所大手の《スタークラウド》所属のエクシードにして、星等級序列序列七位の三つ星保有者だ。三等級に分けられた頂点の証、三つ星☆☆☆の徽章が胸ポケットに輝く。彼女の名は、総合科の学生である幸成達にとって、最早常識とも言える程有名で、知らない人間の方が稀だろう。
他の生徒のように談笑することなどなく黙々と歩む姿は、どこか高貴で近寄りがたく、浮世離れした雰囲気がある。まるで別世界から来たお姫様のようだ。
通常、彼女のような異能事務所所属エクシードに対する反応は二つに分かれる。即ち忌避するか、より憧れるか、だ。
まず後者。彼女とお近づきになりたいと願う人間は、後を絶たない。それもその筈、天能寺は容姿端麗成績優秀、非の打ちどころがない。男女問わず彼女の周りには常に人が集まっている。
だが、彼女の星等級が三つ星で総合序列七位であるのは、そういった人気とは関係がない。むしろその人気故に、前者即ち嫉みから陰口を叩かれ、距離を置かれるきらいがある。
礼和学園は、「仕事」と「人」に重きをおいた能力成果絶対主義を取っている。能力即ち拡超能力の優劣に胡座をかいているそこらのボンクラ拡超能力者とは違うのだ。その拡超能力を実際のプロ探偵として「仕事」で示し、かつ星等級総合序列七位を維持している人なのだ。その実力は、この国に於いて、最も有名な予知探偵、神楽坂碧斗を継ぐに足ると一目置かれる存在だ。
(……凄い人気だな)
遠巻きに眺めるように、天能寺を見つめながら、幸成はぼんやりと思う。幸成は忌避するでも無く、憧れている訳でもなかった。ただ、怪盗として日陰をゆく自分とは違う世界の人間だと思うだけだ。
そもそも幸成がこの学園に来た目的は大アルカナの能力を盗むことだ。能力を隠し、総合科に入ったのもそのためだ。有名エクシードなぞにかまけてる暇はない。いや、天能寺は探偵なのだから、怪盗としては敵と認識し、嫌いはせずとも警戒はするべきだ。憧れるなんてもってのほかだ。
一時的に協力を結んだ油断のならない仮想敵──あの屋上での取引し、偽恋人の約束を交わした後、幸成の脳裏に浮かんだ天能寺の印象はそれだった。
その時、天能寺が不意に立ち止まり、幸成の方を向いた。流し目がちにこちらを見つめる姿はまるでこちらの心の内を見透かしているかのようだった。その瞳に浮かぶ色は、共犯者めいた親しみを孕んでいた。
幸成が、はっとして歩みを止めると、彼女はふっと微笑み、また歩き出した。彼女の姿が見えなくなるまで、幸成はその場を動くことができなかった。ただ漠然とした不安だけが胸に渦巻いていた。
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