アルカナゲーム

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3  四時限目まで、幸成は授業に身に入らなかった。てっきり『恋人』役の件でアクションがあると思ったが、あれ以来、天能寺からは音沙汰なしだ。  身構えたせいか、拍子抜けのような、ほっと安堵するような感情を持て余していたら、 「よし、始め!」  教師の号令で我に返った。周りの皆は、一斉に少テストに取りかかっている。 (やべっ、ぼーとしてた)  幸成も慌てて、名前を書くと、プリント用紙に視線を落とす。どうやら小テストのようだ。 ──────────────────────── 問題1  下の文は拡超(EX)能力を説明したものである。当てはまる言葉で( )を埋めなさい。  日常的な意識状態とは異なる変性意識(アルタード)状態下で、大脳皮質に代わり、その機能を拡張する領野を(A)と呼ぶ。(A)は運動神経や感覚神経などを拡張する一次野と一次野を総合的に複合する連合野で構成され、(B)とも呼ばれる。  (B)が司る排他的個人領域(EPZ:Exclusive personal Zone)を(C)と呼ぶ。(C)では能力相互作用を媒介する(D)或いは(E)により、(F)が発生し、原因が結果を引き寄せる万有因力の法則に基づき、重力が空間を歪めるように、因果の歪みが起きる。(C)を現実世界に重ね(レイヤード)複合し(ミックスド)、そして侵食する(オーバーライド)ことで、起こり得る結果を変動させ、変幻自在に物理法則を超えた超常現象を起こすことが可能となる。これが拡超(EX)能力の原理である。 解答欄 (A)代脳皮質(オルタネイト・コーテクス) (B)拡超野(エクシード・エリア) (C)拡超現実(SurReal)空間(field)(SR) (D)能力子(アビリオン) (E)拡超子(エクステンション) (F)能力場(フォース・フィールド) (確か……こうだな)  幸成は淡々と空欄を埋めた。 問題2 (1)  拡超(EX)能力は能力二因子説に基づき、二つの系統に分かれる。この二つを答えなさい。 〔基礎因子系統(ベーシック)〕 〔特異因子系統(シンギュラリティ)〕 (2)  代脳皮質(オルタネイト・コーテクス)が拡張する五つの能力、全てを答えなさい。 〔生体維持能力(ホメオタシス)〕 〔感覚能力(センス)〕 〔運動能力(エクササイズ)〕 〔演算能力(カリュキュレーション)〕 〔制御能力(コントロール)〕 (3)  基礎因子系統(ベーシック)類型(タイプ)、その全て答えなさい。 〔強身能力者(エンハンサー)〕 〔付加能力者(エンチャンター)〕 〔物操能力者(サイキッカー)〕 〔然動能力者(ネイチャー)〕 〔心操能力者(ハッカー)〕 〔感応能力者(エスパー)〕 (4)  基礎因子系統(ベーシック)が複合して開花した特異因子系統(シンギュラリティー)の類型を答えなさい。 〔空操能力者(ドミネーター)〕 〔特異能力者(アウトサイダー)〕 〔顕現能力者(クリエーター)〕 ──────────────────────── (うーん、今日は調子が良いな)  幸成は淀みなく解答欄を埋めていく。完璧とはいかないまでも、全て埋め終わる。 「そこまで!じゃあ、後ろの人からプリント集めて下さい」  教師の声で、幸成は顔を上げた。幸成はシャーペンを置くと、 「はい」  前から回ってきたプリントに自分のを加えて、前の席に渡す。  回ってきたプリントを集め終えると教師は満足そうに頷いた。 「よし、答え合わせ──」  と言いかけたが、 「っともうこんな時間か。それじゃあ、今日はこれまで。日直、号令」 「起立!気をつけ、礼」 「ありがとうございました」 「着席」  起立と礼の後、皆が席に座ると、教師は教室を後にした。見届けた生徒達は思い思いに立ち上がり、雑談や移動を始める。  皆が、昼休みの開放感に浸る中、幸成もまた椅子を引き、立ち上がった──その時だ。 「──幸成君」  不意に教室が、水を打ったように、静まり返った。 水面に水滴が落ちるように、波打つような澄んだ声が幸成の耳朶を揺らす。  脳に浸透し、自分の名前だと理解するや否や、皆と共に声の発生源に目を向けた。  このまま来ないのではないか……という幸成の淡い期待を裏切り、一人の少女──天能寺先輩が佇んでいた。教室の入り口で、皆の視線を釘付けにしている。 (まさか本当に来るとは……)  と動転した幸成は、慌てて席を立った。クラスの連中は、声を潜めて窺っているようだ。  だが、天能寺先輩が入口から幸成の方へこちらへ近づくにつれ、クラスは盛り上がっていった。 「まじで、天能寺先輩!?俺ファンなんだけど!」 「おい、どういうことだ!?」 「なにー!あの天能寺先輩がこんな奴に会いに来たの?」 「ちょ、待っ……」  制止の言葉は、クラスメイト達の怒号にかき消される。 (ここはヤバい!)  慌てふためく幸成は、天能寺先輩の手を引っ掴むと、逃げるように教室を出た。  追い縋る声を背中に幸成達は廊下を進んだ。昼休みの廊下は人で溢れている。視線を避けながら、進む途中で、天能寺先輩が、少し羞恥を含んだ言葉を発した。 「……あの、幸成君って積極的なんですね」 「はい?」    幸成が頭の上に疑問符を浮かべると、 「そんなに『恋人』役に乗り気とは……」 「?」 「だってほら……ね?」  と視線を手に落とした。手袋をした手を幸成の手が握っている。 「っ!ごめんなさい!」  幸成は静電気に触れたように、慌てて手を離す。 「そんなに謝らなくても……ところでどこに向かってたんですか?」 「特に考えていませんでした。人目につかない所へ行こうと」 「人目につかない所へ連れ込む……」 「別にいやらしいことしようなんて考えてませんよ!」  揶揄するような微笑みを浮かべた後、仕切り直すように、天能寺は、口調を真面目なそれに変えた。 「ところで宛がないなら。私に宛があるんです……付いてきてくれますか?」 「はあ……いいですけど」  曖昧に頷く幸成に対して、ニッコリと天能寺先輩は微笑んだ。徐ろに携帯を取り出す。  誰かと短くやり取りした後、何故か幸成に手を差し出した。能力防止の為、手袋をしていることも相俟って、舞踏会でダンスを申し込むような恭しさだ。 「あの?」 「いいから……ね?」  今から『恋人』役をやれと言うことだろうか……と思い、幸成は怖ず怖ずと手を取る。 「あの……これでいいん──」  ──ですか?と  最後まで言うことは出来なかった。次の瞬間、世界が一変した。  一瞬で白い闇に覆われた(ホワイトアウト)かのように、視覚と方向感覚が失われる。それが五感全てに及んだ。  落ちてるのか、浮き上がってるのか、謎の浮遊感に襲われる。自分の存在そのもののが漂白され、希薄になり、消え去って──  思わず、意識が声無き絶叫を上げよう──    と気がつけば、言吹は何処かの部屋にいた。 「……っ!」  と息を呑むと、 (ここはどこだ!?何が起こった……)  辺りを見渡した。部屋の真ん中にはソファーがある。床には重厚な絨毯が敷かれ、樫木の(テーブル)がある。目の前の天能寺を除けば、人の気配もない。  と思いきや天能寺の隣に誰かいた。 (誰!?なにその格好!?)  驚きの余り、幸成は目を見開いた。まじまじと凝視する。  無理もない。余りに場違いなメイド服姿の少女だ。白のごく薄い綿のエプロンをして、垂れ目が、印象的な少女だった。黒縁眼鏡越しに、瞳が無遠慮に開かれ、三つ編みにした黒髪が揺れている。 「まぁまぁ、落ち着いて、とりあえず座って下さい」    見つめ合う二人の間に挟まれ、天能寺先輩が取りなすように、促した。疑問と警戒心の色を浮かべながら、幸成はとりあえず従う。  天能寺も幸成の隣に並んで腰を下ろした。一方、メイド姿の娘は、「いえ、私は」と断りを入れた上で、天能寺の後ろにそっと控えた。 「さて──」 「──まずは昼御飯にしましょう」  緊張した面持ちの二人に向けて、さも当然のことを告げたのだった。
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