アルカナゲーム

5/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
4  私立礼和学園にはいわゆる学校の七不思議がある。トイレの花子さん、人体模型や骸骨標本が夜中に動き出すなどが定番のあれだ。  私立礼和学園版、学校の七不思議の一つ、其れが開かずの教室だ。曰く、普段は鍵がかけられていて誰も入れないのだが、夜中にその部屋に入ると閉じ込められ殺されるらしい。その部屋があるのは 改修に改修を重ね、迷路街のように、複雑な旧校舎の奥。  そう── 「──ここは開かずの部屋(ロックドルーム)。もとい《探偵倶楽部》の部室です」  メイド女子が用意した昼食後、天能寺が口火を切った。口直しに入れた紅茶のカップを(テーブル)置くと、視線をメイド姿の娘に向ける。 「彼女は私立礼和学園拡超(EX)能力科一年A組、宝条彩葉(ほうじょういろは)。《探偵倶楽部》の会員の一人です。私の拡超(EX)能力探偵業務におけるマネージャーでもありますが」  メイド女子──宝条彩葉(ほうじょういろは)は恭しく頭を下げた。何故にメイド姿かは分からない。本当なんでだ。 「で、彼女の失われた空環(ミッシングリンク)拡超(EX)能力で瞬間移動したという訳です」  という訳です、と言われても幸成は頭が追いつかない。幸成を見兼ねて、天能寺先輩は詳しく説明を始めた。  探偵倶楽部とは、礼和学園の七不思議を解明する為に結成された非公認同好会のようだ。当初は七不思議の解明が主眼だったが、次第に校内の拡超(EX)能力犯罪を捜査する非公認警察組織へと変じた。天能寺先輩曰く、礼和学園生徒会である《六星会(ザ・シックス)》直属の風紀委員会を警察とすれば、いわば私立探偵事務所のようなものらしい。  ミッシング・リンクの説明はなかったが、生物の進化過程を連なる鎖として連続性が欠けた間隙という元の意味から察するに、空間と空間を繋ぐ拡超(EX)能力だろうか。  小テストにあったように、彼女はいわゆる空操能力者(ドミネーター)だ。基礎因子系統(ベーシック)の精神操作系の心操能力者(ハッカー)や自然操作系の然動能力者(ネイチャー)が、昇格(プロモーション)して発現する特異因子系統(シンギュラリティ)。  例えばヤスの《強奪喚装(ウェポンプランドラー)》のように、使用者は、絶対(Absolute)空間(Spatial)認識(Perception)いわゆる《絶対空感(APS)》により、空間内の物体を絶対的に認識し、演算する膨大な演算能力が、必要とされる。《絶対空感(APS)》により、把握し、支配する領域は絶対空感領域(APSZ)いわゆる制空圏(ゾーン)と呼ばれ、ZONEに入る」ことで、制空圏(ゾーン)内の物理法則を自由自在に支配する事ができる。中々に稀有な能力なのだ。  以上が、天能寺先輩の説明と推察により、分かったことだ。何故メイド姿かはさておき。  頭の中で情報を噛み砕いていると、天能寺先輩と目が合った。彼女は安心させるような柔らかな微笑みを浮かべる。  そして、一つ咳払いをした天能寺先輩が幸成に向き直った。何を言われるか予感があった訳ではないが、自然と幸成の背筋が伸びる。  一方、宝条はただどこか冷めた目で成り行きを見守っているようだった。その泰然とした様子はいかにも秘書然としていた。 「さて、時間がありません。早速、本題に入りましょう」  と前置きした上で、天能寺先輩が話を切り出した。 「『死神』はご承知の通り。東京第零番特区連続不審死事件の容疑者です。死への招待状と呼ばれる殺害予告状を出すことから殺人紳士の異名で知られます。被害者は被害に合う前に死ぬ明晰夢を見ていること、其れが正夢になること、そして捜査に携わった私にも殺害予告状が届いた、ここまではいいですね?」  天能寺先輩は目付きを鋭くして、瞳を覗き込んで来た。すかさずそっと耳打ちする。 「(貴方が怪盗『隠者』ってことも、役割が『死神』から能力を盗むことも、協力関係のことも彩葉(いろは)は知りません、助手見習いって言ってあります)」  素早く離れながら悪戯っぽく片目を瞑る天能寺に対して、 「……はい」  耳にかかる吐息にドギマギしながら、幸成はなんとか返事を返した。 「では、まずはそのプロファイリングを行います」 「プロファイリング?」 「はい。そうです」  幸成が困ったように、眉を下げて、疑問を表明すると、天能寺先輩は大仰に頷いた。  プロファイリングとはデータベースで、事件の犯人の型・特色を割り出す手法と説明をされた後、 「まず前提として『死神』は無秩序型犯人ではありません。犯行は思いつきで行う、凶器は現場入手などの特徴に合致しません。つまり『死神』は秩序型犯人です。計画的犯行で、凶器を残さない、面識もない人を襲う等の特徴に合致します」  ハキハキとした口調で天能寺先輩は一息に語った。幸成の瞳を真っ直ぐ見据え、理解が浸透するのを待ってから言葉を継ぐ。 「秩序型犯人の特徴は、知的水準が高く、安定した職業、異性の恋人がいるという秩序だった生活を送っている等があります。犯行声明……あの殺害予告状もかなり変則的ですが、その一種でしょう」 「成る程。殺人紳士と呼ばれる訳だ」 「はい。では次に地理的プロファイリングを行います」  天能寺先輩が目配せすると、宝条がノートパソコンを(テーブル)の上に置いた。 「これは地図上に事件発生場所をプロットし、最も離れた場所の二点を直径とする円即ち犯人の行動半径です」  天能寺先輩は画面を指差す。そこには幾つも赤い✕印がある。これが殺害現場を表すのだろう。その中の最も離れた二点を線で結び、線を直径とする赤い円が描かれている。円の範囲で犯行が行われていると言うことなのだろう。 「続いてこれが犯人の拠点の疑惑領域です」  天能寺先輩が操作すると、各々の赤い✕印の内、最小距離を中心として青い円が浮かぶ。  疑惑領域とは限られた区域において発生した連続事件において、被疑者の拠点を推定する方法だ。 「……行動半径はここ第零特区(エリアゼロ)だな。しかも」  じっと画面の赤い円と青い円を見比べながら、幸成は言葉を零す。 「そうです。ここ私立礼和学園が疑惑領域にすっぽり収まっているのです」 「成る程」 「そしてこれが私が収集した被害者データです」  天能寺先輩は画面を操作し、地図の画面を切り替えた。画面には顔写真付きのプロフィールが並んでいる。  早速、最初の被害者のプロフィールを見た。この連続不審死事件が起きたのは、現在から一年ほど前に遡る。七月十三日、午前七時半時頃、いつまでも起きて来ない娘を起こしに来た母親により、寝台で窒息死した被害者が発見された。  死亡したのは零番特区(エリアゼロ)に存在する私立礼和学園の女子生徒十六歳。  現場には殺害予告状を除き、凶器どころか証拠品が一切なかった。更に家にも侵入した形跡が全くない、一種の密室を構成していた為、当初、内部犯行説即ち家族が疑われたが、動機面などから決め手には至らなかった。また外部犯行説を裏付けるのは殺害予告状のみ。ということで、睡眠中の窒息事故として処理された。  これを皮切りとして、似たような不審死が連続して五件発生し、殺害予告状の共通点から警察も外部犯行説に基づく拡超能力犯罪を視野に入れ、零番特区(エリアゼロ)連続不審死事件の捜査本部を立ち上げた。  プロフィールと事件のあらましを確認しながら、 「これって……」  と幸成は目敏く何かに気付いた。画面を指差して、天能寺先輩に訊ねると、彼女は大きく頷いた。 「はい。そうです。この事の被害者はエクシードを扱う異能事務所関係者、若しくは──」 「多くのエクシードを輩出する礼和学園関係者です。事件性があると断定出来ない為、学園側は公表を躊躇っているのですが……」 「しかし。どうやってこんな捜査情報を?」  幸成は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。 「忘れたんですか?私は異能事務所所属の公立探偵ですよ?」  天能寺先輩は、憤慨したように、やや非難がましい視線を向ける。  公立探偵とは、警察庁の外郭団体である《《拡超(EX)》能力技術捜査支援協会》いわゆる公立探偵協会に属し、公務員と同等の待遇で扱われる職員を指す。私立探偵と違い、警察庁監督の下、例えば感識(サイコメトリー)など補完的な拡超(EX)能力捜査支援業務を行う。まあ、江戸時代の岡っ引きみたいなもんさ、と天能寺先輩は韜晦するように、笑った。 「被害者のプロファイリングも天能寺先輩が?」 「プロファイリングは公立探偵の基礎ですよ?」  と、さも当たり前のように天能寺先輩は頷く。容疑者のプロファイリングは探偵の必須の技能(スキル)だ。探偵には情報を収集する技能(スキル)や、捜査を行う技能(スキル)は勿論のこと、容疑者の人となりを推測する技能(スキル)も必要なのだ。  それが公立探偵なら尚更だ。警視庁の外郭団体である公立探偵協会を異能事務所が仲介する為、繋がりが深い。独立系の私立探偵と違い、捜査の知識やノウハウが共有されるのかもしれない。 「ここまでで質問やなにか気付いた点はありますか?」 「あの……思ったんですが、先輩へも殺害予告状が来てるんでしょう?能力で触れて過去視なり、未来視なりをしないんですか?」 「勿論、それも考えました。幸成君、犯人はどうやって被害者を殺してるか、分かりますか?」  怖ず怖ずと幸成が尋ねると、天能寺先輩は、たちどころに質問に質問を返した。 「殺害方法ですか?確か死ぬ予知夢を見せてそれを正夢にしてる能力と推察してるんでしたっけ?……分かりません」 「そう殺害方法がわからないのです。何が能力の発動条件になるかも。この状況で唯一の証拠品に触れることが、能力の発動条件(トリガー)にならないと貴方は断言出来ますか?」  訝しげに、幸成が答えると、天能寺先輩は問い質した。 「……言えません」 「そういう事です。他の被害者の遺留品は過去視したいのですが……」  天能寺先輩は満足気に頷いた後、考え込む風情で、言葉の語気を弱めた。 「まあ、それはさておき、他に何かありますか?」 「いえ、特にありません」 「そうですか。ってもうこんな時間ですね。続きは探偵倶楽部メンバーを交えて、放課後にしましょう。私事で申し訳ないのですが、被害者に当校の生徒がいる為、探偵倶楽部にも話を通してありますから」  天能寺先輩は、壁時計を見やり、一瞬眉を跳ね上げた後、こう結んだ。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!