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松柏の祠
「よっと♫」
自室を軽やかに飛び出て、ふわり宙を舞った小女が、くるり身体を横回転させ左のつま先を庭の敷石にストンと置いて片足立った。
『ああっ!‥旦那さま‥‥。い‥いや‥‥あん‥』
池にちぢれ雲揺らめき、大陸の夜空から幾千と延びる満月の光子を全身に侍らせながら肌透ける薄絹を纏っただけの小女は、その柔らかそうな両耳の鼓膜に真向かいの寝屋から漏れてくる若い女達の、なまめかしい淫音をまじまじと聴いた。
季節は春、四月。
肌寒さが、まだまだ残る時節柄である。
「父様。お盛ん‥」
昨日朝、自分の部屋に挨拶に来た少女二人の、夜半までは乙女だった新たな奉公人達が男に慣らされ絆されて、そして気を吐くさまに、自身の肌があられもなく桃色にサッと上気していくのを、その全身に感じてしまっていた。
そして明日の朝にはもう、これまで父が召し抱えた沢山の妾たちと同じく、何食わぬ顔でこの屋敷の女主人面をしてのさばり、練り歩くだろう事も予測できた。
「あたしと歳が近い子に、継母を気取られるのは堪えられないな」
そして小女は庭の池に映し出される、薄明るい室内の灯りで様子を知った。
そこには荒振る男と、恥ずかしげもなく裸で身を寄せお互いすらも慰め合い、謂われるままに男をも慰んで、心身を快楽に委ねる小女二人の陰影があった。
ああ、いやだ。あたしは“ああは成らない。為りたくない”
そう思うとぶるり、小女は上気した身体を直ぐ様覚ますように身悶えを一頻りしていた。
そして、彼らを心から馬鹿にした表情をした小女は、やがて自分の影や足音が室内に届かぬようにやおら腰を屈め月灯からも隠れつつ、館表の東の外れにある古びた松柏の祠へと駆け抜けて行った。
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