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助手席のドアの窓枠にかけた手を、結城くんが伸ばした左手が掴んだ。
温かい、大好きだった手。
「無理やり、ここに乗せて、連れていくことはできるんだろうけど。――それじゃ多分駄目なんだよね。円ちゃんって……高山植物みたいなもんでさ。ここに根っこがあるから……引っこ抜いて持って帰っても、同じようには咲かないんだよね」
そんな、いいもんじゃない。
ただ、勇気がないだけ。
怖くてここから動けないだけ。
車のドア越しに繋いだ手の上に、綿雪が一つ落ちて溶けた。
車の中で流れている曲が、サビになって盛り上がる。
しばらく前に流行った曲。
今どきの曲に疎い私でも知ってる曲。
結城くんの左手が私から離れ、音量を下げた。
「……俺、この曲嫌い」
その曲の歌詞が、『君の運命のヒトは僕じゃない』と切なく歌い上げていた。
私はちょっと笑って、一歩下がった。
図星だから、嫌いなんでしょ?
『もっと違う設定で』出会えるはずなんかないから。
「……運転、気を付けてね」
ありがとうと言いたかったけど、言わなかった。
一つ、こくんと頷いて、結城くんはサイドブレーキを戻して、ギアをドライブに入れた。
助手席の窓が閉まり、その小型車は走り出した。
――そして、私の恋が終わった。
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