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職場に戻り、上着と靴を履き替える。
終わった。
終わったんだ。
ぼんやりと案内所に戻る。
そして笑顔を作ると、同僚に頭を下げた。
「あ、お見送りできた?」
「はい、お待たせしました。――パソコンの、何でしたっけ?」
そうして、今までと変わらない日々が戻って来た。
定時まで仕事をこなし、車を走らせて家に帰る。
軽く雪かきして、玄関に入ると階段を上って部屋に入る。
上着を脱いで床に落とし、テレビ前のテーブルの近くに座る。
スマートフォンはバッグに入れたまま。毎朝、毎晩来ていた「おはよう」「おやすみ」のメッセージももう来ないから、スマートフォンを見るタイミングも減った。
本棚にはBLが並んでいる。結城くんが読んだ一冊もそこにある。
「えっ」ってびっくりしてたんだよね、最初。こっちもびっくりしちゃったな。
もう、着いた頃だよね。自宅。
『ゲレンデマジック』も解けてきたころだろうか。
私にかかったマジックは解けないのになぁ。
私はずっと、冬の中に立ち尽くしているんだ。
この、吹きだまりの中で。
春を知らずに。
でも、いい。
春なんか知りたくない。
溜まり続ける雪に足を取られて、私はここにいる。
私はテーブルに肘を付いて、ぼんやりと部屋を眺めた。
仕事も終わった。
後はご飯食べて、お風呂入って寝るだけ。だから。
もういいかな?
もういいよね。
悲しくなってもいいよね。
唇が震えて、堰を切ったように涙が溢れた。勝手に喉がしゃくりあげる。
「……結城、くん……」
もう会えない。
初恋の人。
優しくて可愛くて頼もしくて、傷を隠して笑う人。
無くしたらこんなに辛いんだ。心がバラバラになって、形を保てない。
こんなに辛いなら、知らなければよかった?
私は涙を手の甲で拭って、首を振る。
――この痛みもきみがくれたものなら、一つもこぼさずに拾っていく。
大好きだった。
ありがとう、年下の恋人。
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