冬の間

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 地元の人だから、観光案内を求めてきたわけではないだろう。  受付のカウンター裏に回るかどうかちょっと迷って、私はフロアに留まった。 「今日はどうかされました?観光ではないですよね?」  宅配のお兄ちゃんはくすりと笑い、 「観光じゃ、ないです。――あの、オレ……私、来月から担当エリアが変わることになりまして。佐伯さんのお宅に荷物、持っていくことがなくなったんですよ」 「あっ、そうなんですか。――これまでほんとにお世話になりました。ひどいときは毎日のように配達してもらっちゃいましたよね……」 「そうですね、なんとかスーパーセールとかなんとかマラソンとかですよね」 「あと、ブラックフライデーとか……」  何でだろう、ちょっと気恥ずかしい。  いいじゃないか、ネット通販で買い物してたって。    今度は私が頭を下げていると、宅配のお兄ちゃんはショートコートの内ポケットを探りながら、 「それで……あの、担当エリアの間は、こんなこと言ったら気持ち悪いだろうと思って言えなかったんですけど……晴れてと言うか、変わることになったので……」  と言って、何か小さい紙を取り出して私に差し出してきた。  ――会社の名刺に、何か手書きで書き足されている……携帯番号らしい数字。  ……これは……営業?
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