ドアチャイムの鳴る音

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今目の前で、元カレが私の夕飯を食べている。 疑えばよかった。せめて、スコープを除くとか、してたら。  30分前のこと。私は買ってきていた研ぎ石を手に取った。包丁を研がなければならない。 最近忙しくて随分と使っていなかった。随分鈍になっているだろう。 そう思いながら、魚を切る用の包丁を手に取った、その時.  ピンポン、と軽快な音が来客をしらせ、わたしは宅配便かと思って、ドアを開けた。開けてしまった。 そこに、元カレが立っていた。暑そうにぱたぱた、とシャツで胸元を仰いでいた。慌てて閉めようとするも、彼がドアに足を割り込ませていて、できなかった。そんな姿すら様になるのは、顔立ちが整っているからだろう。その甘い顔と声に騙された三年前の私をぶん殴りたい衝動に駆られる。 「おう、久しぶり。相変わらずお前は綺麗だ。」 顔だけを扉の隙間から出し、私は硬い声でそれに返す。 「見えすいたお世辞、どうもありがとう。」 ブラック企業づとめで自分の家だからと化粧もろくにしていない私の顔は、きっとひどい有様だろうに。 「それで?なんの用件?」 「此処暑いし、中で話さない?」 そういうなり、彼はグイッと扉の縁を掴み、中に体を滑り込ませてきた。 「ちょっ、やめっ」 「騒ぐなよ。近所迷惑だろ。」 どのくちが、それを。 「…さっさと、帰って。」 冷たくこぼした言葉に、彼は聞く耳を持たない。室内をうろうろと探索する。 「実はさぁ、追い出されちゃって。しばらくいさせて?」 彼の目が、ふ、と何かを見つけて動く。その視線の先に、私の今日の夕食の、天津飯があった。 そして、今に至る。 彼は美味しそうに、私の天津飯を食べている。 ぎゅうぅ、と握りしめた手のひらに爪が突き刺さる。その痛みで、どうにか苛立ちが爆発するのを堪えていた。 彼が夕飯の皿から顔をあげ、にこっと微笑みかけてきた。わたしはその顔に腹が立ち、目を逸らした。 「………あれ。」 私の鞄、そんなところにあったっけ? よく見ると、中身も乱雑に片付けられている。 「……よしひこ。ポケットの中、見せて.」 久しぶりに、彼の名をよんだ。 そのまま近づき、抵抗する彼を至近距離から睨みながらそのポケットを探る。 「……私の、財布.」 絞り出した声は、掠れていた。さっき探索してた時に、盗られたんだ。 アタマノナカデ、ナニカガキレルオトガシタ。 「…全く。うるさいしキモイし、大っ嫌い。」 つぶやいた。誰もいない室内に、その声はことの他大きく響いた。 「…お風呂場、誰にも入られないようにしないと。」 夏場だから、臭ってくるのも早いだろう。 と、その時。 ピンポン。 「.…っ?!」 息を呑んだ。今はまずい。不味すぎる。震える手で、ドアを開ける。 …警察官らしき制服の人影が立っていた。 「いらっしゃいますよね?」 「…ぃま、で…ます。」 かちゃ、とドアを開ける。立っていた警察官が困ったように手帳を示す。 「お宅の風呂場から、変な匂いがすると。」 「…別に、何ともありませんが……。」 「確認だけ、させてください。」 「……はい。」 私がドアを開けると、警察官は丁寧に礼をしてから中に入る。 …どうすれば、いいだろう。風呂場には、「あれ」が。 「うわぁっっ?!」 警察官の、驚いた声。扉の近くにいた私にも聞こえるほどの、大声。私は駆け出した。  「…これは、何です?」 ちょっと震えたような警察官の声に、 「魚です。」 と答えた。私たちの目の前には、立派な魚。多分マグロ。さっきまで、魚を捌いてたんです、と言って包丁を示す。 「私が人を殺したとお思いでした?」 「いっ、いえ!これが匂いの原因ですね。」 「すいません。…臭いますか?」 「かなり。」 「すいません。」 警察官は冷や汗をかきながら笑って、  「すいません、お邪魔しました。」 と去って言った。   その姿を、私は見送って。 くすくす。私は、口の端だけで笑んだ。 「よかった。元カレを殺したって、バレなくて。」私は、嗤った。警察の人だって、真逆風呂場ではなくトイレに死体があるなんて思わなかったみたいだ。 「…さて。凶器と死体を隠蔽しないと、ね?」 誰に言うでもなく呟いて。 「う、ふ。…うふふふっ。」 不倫した挙句、私を捨てた貴方を。私が、許すわけないでしょう? トイレの元カレの死体は、沈黙したままだった。
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