一小節目 

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一小節目 

拝啓 パパ様、ママ様 私は音楽の道へ進むのは嫌です。なので、置き手紙を残すものといたします。 私は今年高校生になりました。 荷物をすべて持って家出をします。 ですので…。 「ああああああああ!無理だァァ!」 私は、129枚目の手紙をゴミ箱に捨てた。 そして、次の手紙にペンを進める。 「拝啓…。」 「あ、誤字った。」 もうやだ。音楽の道へ進むのも、手紙を書くのも。そう思うと、130枚目の手紙をぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた。 「いっそのこと、手紙なんて書かずに家出しよっかな。」 そんな考えしか浮かばない脳みその持ち主の私は、手紙で書いたように今年で高校生になる。 「って、家出なんかできるかボケェェェェ!」 5歳のときのプレゼント、高級防音室(自部屋)で叫んだ私の声は窓の先へ向かって、出る前に止まった。 家出なんかできるか。当たり前だ。どこへ行っても家族の知り合いがいる。見つけたら即家族への連絡行きだ。 5歳児に防音室をプレゼントするほど、金銭感覚がどうにかなっている家族に、家出なんか通用するわけがない。 家出をした瞬間に、高校生が迷子児扱いだ。きっと、知り合いの音楽家全員に連絡を取って、意地でも探し出すだろう。 「家出なんかやめよ…。」 私は、ペンを机に置くとそのままベッドに倒れ込んだ。 防音室なのにここまでくつろげるとはどういうことか。 さて、どうしてこんなにくつろげる防音室をもらえたのか整理してみよう。 まず私、魚水響はバイオリン奏者の魚水楽矢、クラリネット奏者の魚水咲音の間に生まれた女の子だ。 天才ピアニストのお姉ちゃんがいる。 わかるように音楽家族だ。 そんな音楽家族の中に生まれた唯一の音感不足野郎の私。 音感不足の私は、3歳からピアノを習わされた。もちろん今も続けている。 だが、ある日から上達しなくなり、タッチミスも多い。 4歳からは、バイオリン。 だがこれも全然上達しなくなった。 パパからさんざん怒られたが6歳のときにバイオリンはやめた。 さあ、こんな環境に恵まれているのに上達しないとはどういうことか。 音感不足野郎の私は音楽の成績は常に3。 お姉ちゃんから逆にすごいと言われたぐらいだ。 中学校に上がっても、周りの人より、歌がうまく歌えず、クラス対抗の合唱コンクールで大恥をかいた。 卒業式の歌は、ピアノを弾かされたぐらいだ。ピアノもそこまでうまくなかったので、家族には怒られた。 そして高校。今に至る。 もう、この環境に我慢できなくなった私は家出をすることに決めたのだった。 だがその決心も緩みつつある。 現在の時刻3時。 私は、完全に手紙を書くのをやめると、防音室から出た。 「ママ。ちょっと散歩行ってくる!」 「ピアノの練習は!したの?」 「後でする!!!」 その場を適当にごまかすと、お気に入りの靴を靴箱の上から出して履く。 代わりに音符の靴をしまうと、ドアをゆっくりと開けた。 通り道には犬が多く、わんわん吠える姿が楽器のようだと小さい頃は陽気に言ったを思い出す。 今なら絶対に言えない。そんなことを呟いた暁にはまた何らかの楽器をやらされるに決まっている。 そんな事を考えながら、海へ向かった。なぜ海に足を運んだのかはわからない。そのとき、ふと聞き覚えのある音が聞こえた。 この音はトランペットだ。音楽に囲まれた生活だけあって、音でなんの楽器かをだいたい予想できるようになった。 少し濁った音だ。だが、濁った音なのに不快感を全く感じない。 いつの間にか、トランペットのなる方へ目を向けていた。そこには一人の男の子がいる。譜面台を背より少し低く立て、チューナーがおいてある。 そして、トランペットはかなり錆びていた。リサイクルショップで売って1万下ったらいいほうだ。 私はつい、男の子に声をかけた。 「ねえ、トランペット吹けるのすごいね。」 だが男の子は全く見向きもしない。 もしかしたら、無視をしているのかもしれないだったら意地でも話してやる。 そう思った私は、男の子と無理やり目を合わせれるよう、前へ回り込む。そしてこういった。 「無視しないでよ。」 男の子は、驚いたように目を見開くと、マウスピースから口を離した。 「えっと…なにか言った?」 どうやら、意地でも話したくないらしい。けんかを売ったのはそっちだからね。私はそう思いながら少し意地悪に答える。 「無視しないでよって言ったんだけど。」 男の子は私の口元をじっと見つめると、少し首を傾げた。 「無視しないでよは聞こえたんだけど、その前になにか言ったかなって…。」 私は、聞こえないはずがない。そう思ったが、もう一度さっきと同じことを言った。 「ねえ、トランペット吹けるのすごいね。と言った」 男の子は口元を少し上げると、満面の笑みで答えた。 「ありがとう!」 ぶっきらぼうな私の言葉にここまで喜んでくれた人は初めてだ。 それで少し男の子に興味が湧いた。よく顔を見ているとかなりの美形だ。歳は…私と同じくらいか。顔を観察していると、男の子は少し困ったように口を開いた。 「ごめんね。聞き取れなくて。僕耳が悪いんだ。でも全然聞こえないわけじゃなくて、ちゃんと話せるし聞こえるっていうか…。小6までは聞こえてたんだよね。急に病気にかかって…病名はなんだっけな。まぁいいや。発見が遅かったから少ししか聞こえなくなったんだよね。補聴器つけてるから大体は聞き取れてるんだけど、後ろから言われたり口ごもって言われたりしたらわかんないんだよね。ごめんね。」 急な口達者に驚いた。そして急な耳の悪さについての告白に驚いた。私が返事に困っていると、男の子は何と勘違いしたのか、急に変える準備を始めた。 「ごめんね。急にこんなやつに絡まれて嫌だったよね。ごめんね。」 私は譜面台を片付ける手を掴むとつい口から言葉が溢れた。 「違うの!私は音感が全然なくて、そのせいで全然なんの楽器もできなくて。だから耳が悪いのにトランペットを吹けてるのがすごくて。聞いてたいから帰らないで!」 男の子は、もう一度目を見開くと譜面台を片付ける手を止めた。 「いいよ。お世辞なんて。僕の演奏が汚いってわかってるし。ごめんね。耳が悪いこと言って。同情させたよね。いいよでも。気を使わなくて。」 私が手を離すと譜面台を片付けるのを再開した。 私は片付け終わるまでずっと見ているつもりだ。 男の子がチューナーの電源を切ると、帰ろうとした。 私は海から遠ざかっていく足をじっと見つめて、そして叫んだ。 「私は、魚水響!また来るから覚えておいて!!!!!!」 その声が男の子の耳に届いたかはわからなかった。男の子が振り返ろうとしたのは、私の見間違じゃないことを願った。
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