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3小節目
またまた次の日
時計を見た。3時だ。昨日何をしたかはわからないが謝らなくては。私はそう思い、慌ただしく防音室のドアを開けた。と、ママが仁王立ちをしてドアの前で待っているではないか!
「響!何処へ行くの。」
ママは私の腕をつかむと、聞いてくる。
「別どこでもいいじゃん」
ぶっきらぼうに答えた私の返事がママは気に食わなかったようだ。手をそのまま引くと、リビングまで連れて行かれた。
「大体ね、あなたピアノの練習もろくにしないで、遊びほおけてるから音感不足になるのよ?そんなんだからお母さんたちの評判も下がりつつあるのよ!」
評判が下がっているとは初耳だ。だが今の私はわけもわからず苛立っていた。いつもならここで我慢して聞いているのだが、今日は何かがブチッと切れた。
「うるさいな!大体ママの評判のためだけに私は生きてるの?!私は音感不足だったらいらないってわけ?!私がやりたいことを好きにやらしてくれずに、ママの評判を上げてればいいの!?」
私は、時計を見た。時刻は3時10分。男の子はもう帰っているかもしれない。
「あんた!そんな悪い子だから音感不足なのよ!大体ね根が腐ってるわ。親にそんな口をきくだなんておかしいわ。お姉ちゃんなんかいまじゃ有名ピアニストじゃない!そんな口を聞いたりはしなかったわ!あなたは落ちこぼれの、評判を下げる子よ!」
ママの意味のわからない説教を、右から左に流すと、私は手を振り払った。そして自分でも怖いくらいに落ち着いた声で、言った。
「じゃあ評判を下げる私はいらないっていうんだ。お姉ちゃんみたいに評判を上げてろってか?今更無理!そんなのを私に求めて馬鹿じゃないの。」
ママは顔を真っ赤にしてまた何かを言おうとした。だがそれを止めるように私は言い放つ。
「私用事があるから。」
リビングからやけに長い廊下をわたり玄関へ向かう。
ママが追いかけてこないか心配で、後ろを振り向ことはできなかった。
通り道を駆け足、海まで来ると、本気で走った。トランペットの音は聞こえない。下がった譜面台も見えない。
私は、人目がないのをいいことにその場に崩れ落ちると、涙が溢れてきた。どういう意味の涙なのか、自分でもよくわからない。
評判が下がる自分はいらないと言われたことに対しての涙なのか、男の子…彼がいなかったことに対しての涙なのか。
「うわぁぁぁぁんんっっっ!!!!」
少女漫画などではこういうときにこそ彼が駆けつけてくれるんじゃないの。そう思う。だが、彼は来ない。もういつもの時間ではなかったからか。それとも私が迷惑だったのか。
それから、時間が経つのを忘れるほど、泣いた。2時間ほど経つと、だいぶ落ち着き、近くに座る。そしてうずくまった。お腹がなった。だがあんだけママに啖呵を切って来たので、帰ろうにも合わせる顔がない。
「お姉さん一人?俺らと遊ぼうよ。」
海に来た青年達に声をかけられる。だが、私が睨むとすぐに退散していった。しつこい奴らじゃなくてよかった。
青年達が逃げるのを見送ると、私はもう一度うずくまる。
ちらっと見えた夕日が眩しかった。
もうこのまま一生家に帰ることはできないと思うと悲しかった。
「ねえ…。」
あまりに小さい声なので最初は私に言われだなんて思わなかった。
「ねえ…魚水さん…。」
私は自分の苗字を呼ばれたことに気づくと顔をあげる。そこには彼が立っていた。
「なによ…。笑いにでも来たの。」
少し気持ちがささくれていた。
「あ、迷惑だったよね。ごめんね。」
彼は、私の前から逃げるように立ち去ると、砂浜でトランペットを吹く。
相変わらず濁った音だがなぜか心にしみた。
なぜこんな時間に来たのか、聞きたいことは色々あったが、今はトランペットの音色に耳を傾けていたかった。
「うっ…うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁんっっ!!!!」
何故かまた涙が溢れていた。彼は驚いたようにトランペットを吹くのをやめると、私の方へ走ってきた。
「ごめん!泣くほど迷惑だったんだよね。ごめんね。僕のトランペットなんか聞いて迷惑になったんだよね。」
私は、溢れ出した涙を引っ込めようと頑張ったが無理だった。
彼は、私に頭を下げると、素早く去っていこうとした。
「待っで…。」
泣き声で彼のトランペットよりも濁る。彼は、ゆっくりと足を止めた。
「別に、君のせいじゃないから。私が勝手に泣いてるだけだから。」
彼は、ゆっくりと私の方に歩いてくる。
「辛いことがあったんだね。」
そして、近くに座り込んだ。
「辛いことがあったときは泣いていいんだよ。でも、早く泣き止まないと。魚水さんは、笑ってたほうが素敵だから。」
私は、彼の方を向くと自分の泣き声で聞き取りづらかったことをもう一度聞いた。
「最後の方…なんて言った…?」
彼は困った顔をすると逆に聴き直す。
「ごめん。聞こえなかった。」
「最後の方なんて言ったかなって。」
私は、少しさっきよりも大きな声で言った。
彼は顔を真っ赤にすると、言い直す。
「笑ってたほうがす…素直でいいからって言った…。」
私は、もう溢れてこなくなった涙を拭くと、言い返す。
「そっか。君は耳が悪くなっちゃったんだもんね。私より断然辛いや。」
すると彼は手をふり否定した。
「違う違う!別に同情してほしいわけじゃない。辛いことを人と比べたって何にもならないよ。僕はもう過ぎたことだし。君のほうが断然辛い。あ、これも比べっ子になっちゃうな。」
私は、再び溢れてきた涙を見せまいと無理やり笑った。
「そ…そうだよね。比べっ子したって仕方ないよね。」
君のほうが辛いに決まってる。その考えは改めれなかった。
その日、彼は私が泣き止むまでずっとそばにいてくれた。
今日、人があまり通らなかったことを心から感謝した。
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