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タイムカプセルに一片の
三月の夜は冷える。
息を吐けば眼鏡がくもる。「コンタクトで来れば良かった」と思いながら、日曜の夜にひとり、母校の小学校へと歩く。
通用門を開けて小学校に入ると、七分咲きの桜が待ち構えていた。赤い煉瓦塀に薄紅色のソメイヨシノがよく似合っている。
僕はソメイヨシノの下をとおり、中庭にそびえる一本のカイドウザクラへと向かった。満開のソメイヨシノと違い、カイドウザクラはツボミも膨らんでいない……。変だな。もう花が咲いていると思ったのに……。
リュックから折り畳み式のシャベルを取り出し、通用門の鍵をズボンのポケットにしまう。鍵は、地元のスポーツ少年団に関わる叔父から借りた物だ。なくしてはいけない。「今回だけだぞ。直哉」と、僕を信用して貸してくれたのだから。
作業に入る前に、携帯電話を見た。表示された時刻は三月二十七日(日)夜の七時。
僕はかつての同級生にメッセージを送った。
『高上。これからタイムカプセルを掘り出すよ』
……あの日の約束を、彼女が覚えているか、わからないけれど。
地面を掘る。土の音が響く。この音は、たぶん小学生のころに一番聞いた。普段は土いじりをしていない。
桜の下にタイムカプセルを埋めてから十年。
開封日を過ぎていると気づいたのは、つい先週のことだ。
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