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◇◇◇
小学校を卒業してから十年後の春。
三月の連休時に、六年生時のクラスの同窓会が開かれた。ささやかな同窓会だ。開催場所は地元の居酒屋で、集まったメンバーは十二人くらい。
幹事のナベやんが乾杯の音頭で「エー、誠に突発的な同窓会にご参加いただき、ありがとうございまーす!」と言ったのをよく覚えている。その音頭のとき、僕ひとりだけ笑えていなかったから。
ナベやんの音頭のあと、各自が料理と酒を楽しみつつ、思い出話に花を咲かせていた。
僕は隅のほうで、当時の親友と飲んでいた。小学校のころ一番仲がよかったのは、すこし体が弱かった拓海。
拓海が生中二杯とお冷を一杯飲む間に、僕はハイボール一杯しか飲まなかった。あまり料理も食べずに仏頂面で飲んでいたら、ほろ酔いの拓海に聞かれた。
『直哉……やっぱりあれ? 向井さんが結婚したから、ビミョーなの?』
認めたくないけれど、その通りだった。
僕は小学六年生のころ、拓海のほかに「向井紗矢」という女子と仲が良かった。
向井は赤いフレームの眼鏡をかけていて、体育嫌いで、すこし斜に構えた性格。
学校の読書時間には、大人が読むようなミステリーや現代小説を、好んで読むような子だった。僕も読書好きだったので、しだいに彼女と話すようになった。教室にいるときは拓海と過ごしていたが、図書室にいるときは、向井と一緒にいた。
よく本の感想を言い合ったし、家族や友人との悩みも打ち明けた。僕が落ち込んでいると「『春遠からじ』だよ。追川くん」と励ましてくれた。寒い冬が来たなら、春はもう遠くないと――故事で知ったらしい言葉。
友達だったけれど、ときどき彼女が、可愛く見えた。
僕たちは違う中学校へ進学することになったので、卒業式の前日にふたりで会った。
ふたりだけの思い出として、タイムカプセルを埋めた。
タイムカプセルを埋めたのは「寒の戻り」と呼ばれるような、肌寒い春の日。卒業式前日の三月十六日だ。その日はまだソメイヨシノは咲いておらず、カイドウザクラが満開だった。
僕たちは、中庭に一本だけ生えているカイドウザクラの木の下に、カプセルを埋めた。
カイドウザクラはソメイヨシノと違い、濃いピンクの花を咲かせる。
ソメイヨシノはいっぱいあって、ありきたり。珍しい桜のほうが好き。……向井はそう言って、濃い色の桜を喜んだ。
タイムカプセルの容器に選んだのは、蓋つきのバケツ缶。もとはクッキーの缶だったのを、向井が大切に取っていたものだ。その缶に、本や手紙を入れた。
カプセルを埋めたあと、僕は向井に苺ミルクのキャンディーをあげた。向井はセミロングの髪を耳にかけて、キャンディーを食べていた。
――十年後の同じ日に、ふたりで掘り起こそう。
――約束。覚えていてね。追川くん。
鮮やかな桜の下で笑う彼女は、ただ可愛かった。
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