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……その向井紗矢が大学卒業後に、年上の彼と入籍して「高上紗矢」になっているんだから。なんだかな。僕も高校、大学と、他の子と付き合っていたけれど、同窓会では自分の知っている向井に会いたかった。
面白くなかったので、向井とはあまり話さなかった。しかし彼女が旦那の転勤によって、もう地元を離れると知ったので……帰り際に聞いてみた。
カイドウザクラのタイムカプセルを覚えている? と。
向井は酒に酔った顔で「知らない」と笑った。
◇◇◇
シャベルで地面を掘る。シャベルの刃が、石や桜の根に当たるのが邪魔くさい。邪魔くさいけれど、根は傷つけないようにしないと。
深さ一メートルほどの穴を、もう三個も作ったが、向井と埋めたタイムカプセルは出てこない。カイドウザクラの木の下、西校舎側。場所は合っているはずなのに。……植え替えがあったのだろうか?
地面を掘るのをやめて、携帯を見る。
メッセージを送ったが向井からの反応はない。
連絡先の交換はしてくれたが返事はくれないし、タイムカプセルも「知らない」と言った。あの日に約束を交わした向井は、もういない。
ざ、と夜風が吹く。体が一気に冷える。
誰もいない小学校で、ひとりでいる自分。足元は穴ぼこだらけ。
……一体なにをやっているんだろう。二十二歳にもなって。
……こんなんだから独り身で、第一志望の会社も落ちたんだろうか。駄目だ悲観的になっている。
夜空に白い息を吐く。
四月からは社会人になる。
その前に、小学校の同級生に会いたくなっただけだ。向井が僕を見てくれたらと、淡く期待しただけ。振り返って、タイムカプセルを開けたくなっただけ。
向井からの返事は来ないけれど、タイムカプセルの中には、十年前の向井と僕がいる。
もう一度地面にシャベルを入れよう――。
「あー! いた! 追川くん、ちょっと待って!」
甲高い声が響いたので、あやうくシャベルを爪先に当てそうになった。
声の主は向井紗矢。……いや「高上紗矢」というべきか。
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