タイムカプセルに一片の

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 向井が反対側の中庭に向かう。視界に植物の色が飛び込んでくる。濃い薄紅色と、赤みがかった若葉色。 「……カプセルを埋めたの、三月だったでしょう。カイドウザクラは四月下旬の花だから、季節はずれでも三月には咲かない」  タイムカプセルの場所についたとき、僕の記憶がよみがえる。 「早咲きの桜は、カワヅザクラだよ」  向井が好きだと言ったのは、カイドウザクラではなく、春のはじめに咲くカワヅザクラだ。盛りを過ぎた今は、たくさんの花びらを散らせて、かわりに若葉を伸ばしている。  ……花が濃いピンク色というだけで、覚え違いをしていた。 「じゃ、夜も遅いけれど、タイムカプセルの開封式をしよっか」  桜が舞い散る中で笑う向井は、やっぱり魅力的だ。  小学校卒業前に、タイムカプセルを埋めた。場所はカワヅザクラの根元で、西校舎側。  僕は折り畳み式のシャベルを使って、向井はプランターに放置されていたスコップを使って、地面を掘った。 「聞いていいか? 向井、どうして同窓会で『タイムカプセルを知らない』って言ったんだ」 「みんなの前だったし」  あたりに土の音が響く。 「それに追川くん、あのとき『カイドウザクラのタイムカプセル』って言ったよね」 「……言いました」 「カイドウザクラじゃないもの」 「ごめんなさい」 「いいよ」  地面が掘りにくくなってきたので、腕に力を込める。 「私こそ謝らなきゃ。……実はさ、タイムカプセルを掘りに来るか、迷ったんだ」 「え」 「中に入れたの、けっこう恥ずかしいものだったから。でも追川くんを放っとけないし。やっぱり開けに行こう……て」  向井のスコップがなにかに当たり、カツ、と金属音を出す。 「あ、当たり?」 「やばい。きたかも」  僕たちは顔を見合わせ、それから、必死に土を掘りあげた。  タイムカプセルであるバケツ缶を発掘したときには、夜の空気が気にならないくらい、体が熱くなっていた。
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