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バケツ缶は地面の結露で、びしょびしょに濡れていた。外側をゴミ袋、カプセルの中身をジッパー袋に入れていて、大正解。
「すごい泥だらけ。あまり触りたくない」
「言うな」
「土の中って水が溜まるねぇ……」
向井は泥だらけのジッパー袋をつまんでいる。憎まれ口をたたきながらも、いい笑顔だ。
彼女が持つジッパー袋の中には、乾燥剤と一冊の本が入っていた。
「その本、なに」
「知りたい?」
ジッパー袋から本が取り出される。表紙には、古いタッチの人物画が描かれていた。
「詩集よ。『西風に寄せる歌』で有名な、パーシー・ビッシュ・シェリーの詩集」
「シェリー……。ああ『春遠からじ』か」
向井が僕を励ましてくれるときに、言ってくれた言葉――寒い冬が来たなら春はもう遠くない――これは、シェリーの詩の最終行だ。
「向井、昔『春遠からじ』が故事とか言っていたよな? 思い出したぞ」
「言わないで」向井が苦い顔になる。
「なんていうか、物知りでいたい子だったのよ。本当はただ、追川くんに元気になってもらいたかっただけなのに」
向井は苦笑いをしながら、古い詩集をめくっていた。
地面を元通りにした僕は、地べたに座って、カプセルの中身を確かめた。僕がタイムカプセルに入れていたのは、大したものじゃない。当時の自分が未来に向けて書いた手紙だ。
僕は向井にのぞき込まれないように、彼女に背を向けて手紙を読んだ。
「どんなこと書いてあるの?」
「普通。ごく普通。将来も拓海や向井と友達でいるかとか、入りたかった学校に進めたのかとか、そんな内容」
「わぁ。素直」
「……あとは」
僕はジッパー袋の隅に、指を入れて探った。セロハンの包み紙にぶつかったので、それをつまんで向井に見せる。
「嘘。それ、入れてたの?」
十年前に食べたキャンディーの包み紙を見て、向井ははしゃいだ。白地に赤い苺が描かれたセロハンは、さっき食べたキャンディーの包み紙と、同じデザイン。
「やだ。私、昔から好きなもの変わってない!」
ぼろぼろのセロハンと新しいセロハンを並べ、向井はけらけらと笑った。
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