初夏のあわいに消える声

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 座席から見える窓越しの風景はもう何度も眺めたはずなのに、いつもま新しい光に包まれている。天気が良いのも関係あるかもしれない。ゆずが出かける日を、彼は遠い空のどこかで知っていて、晴れるようにしてくれているのではと思うほど、お墓参りの日はいつも澄んだ青空に包まれていた。  会いたいな。どうしてもう会えないんだろうって、何千回でも思ったことを、またくり返し心でつぶやいている。ゆずがそう強く念じると、いつでもここにいるよ、と答える声が、風のはざまに聞こえることもあった。幻聴かもしれない。聴きたい言葉を、勝手に自分で生みだしているだけかも。そう思っていても、気持ちがむかう先は今彼がいる場所にしかなくて、そちら側へ行きたいと思うたび、何度も初夏のさみどり色の風に押し戻されてしまう。  そんなにかなしまないで。僕はここにいる。ゆずのすぐ隣に。また会えるから。だからそこにいて。  彼が送ってくるメッセージは光になって風にまぎれていて、ゆずはそのたびに胸が締めつけられる。この痛みを忘れて他の誰かを好きになるなんて、この先あるのだろうか。あんなにも強く結びついたのに、どうしてこんなに早く別れなければいけなかったのだろう。考えても仕方のないことがぐるぐる頭の奥で回り始めて、ゆずは目を閉じた。  平日のバスは、遠い海原を行くクジラのようにゆったりと進んでいて、少しも急がない。規則的で一定の揺れに身をまかせていると、一時的に高ぶった感情は、まるで潮がひくように徐々に消えていく。前は痛みがやわらいでも、胸の中心はじくじくと熱かった。でもこの頃は、痛みはわずかな核を残しているだけで、摩耗したように余韻を残すだけ。  癒されることなんて、望んでいないのに。  いつまでも思いでとかなしみに浸っていたいのに。時間というものは、一番大切にしていた記憶さえ、揺るぎない力で奪っていってしまう。その事実を許容できなくて、でもどこかあきらめに似た気持ちで、ゆずは喪失の痛みが次第に凪いでいくのを、じっと感じることしかできなかった。
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