初夏のあわいに消える声

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 彼を失って五年になる、という事実だけが、何度も何度もゆずを打ちのめす。  思いでにとらわれたまま、もうどこにも行けないのかもしれない、と思う一方で、それを強く望む自分もいた。ラナンキュラスとチューリップの花束は春らしくて甘い色彩で、ところどころに散ったカスミソウが、花束の輪郭を淡くにじませている。  今年の花束も、とても綺麗だね。  彼ならきっとそう言うだろうな、と、五年前とまったく変わらない気持ちで、ゆずはそう思う。この町の小高い丘に、宗教色のない公営墓地があって、芝生の一角のお墓に、彼の骨は埋葬されている。プレート型でシンプルな墓石の形が、ゆずは好きだった。自分も、昔からある名字が刻まれた日本式のお墓じゃなくて、そういう場所で眠れたら良いなと思う。  墓地にはカエデの木が植わっていて、鳥のさえずりや木の葉の揺らぐ音を、すぐ近くで聴けそうなのもよかった。海に散骨するのも憧れるけど、泳ぐのが苦手なゆずは、どこまでも深く底知れない海に沈むのは恐ろしく思えて、広々とした自然のなかが良いといつも思ってしまう。まだ二十代なのに、こんなにも死に魅せられている自分を発見すると、おかしくて苦笑したくなってしまう気持ち。それだけ、彼のいる場所にしか興味のもてないことが、自分で望んでいることとはいえ、どこかさみしくもあった。  まだお昼には早い時間帯。  ゆずはここに来るといつもそうするように、住宅街のはずれの教会へ行った。春の終わりに訪れるその場所は雲間からの日差しに照らされて、屋根の先端にある銀色の十字架も、まぶしい光を反射させている。地表の温度が上昇するこの時期、教会は蜃気楼や逃げ水の幻影をまとっているかのよう。なんとなく、あの世とこの世の境目みたいな不確かさがあって、その雰囲気に、ゆずはかなしいほど落ちつく自分を身に感じてしまう。
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