初夏のあわいに消える声

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 彼のアパートで裸になったまま、薄い毛布をわけあって体に触れるとき、 「誰も好きになってはいけなかったのに」  と、彼は途方に暮れたようにときどきつぶやいて、ゆずはそんなひとり言を聞くたび愛しさが胸にせまって、大急ぎで唇をふさいでしまわなければいけなかった。  黙っていて。そんなこと言わないで。私がいるから。ずっとそばにいて。  そんな言葉のかけらを見せ合いながら。  彼は知っていたのだ。いつかゆずを、どうしようもなく傷つけてしまうことを。  彼がさみしげなほほ笑みを向けるたび、その真意を知るよしもないゆずは、目の前が曇るような焦燥に息ができなくなりそうになりながら、何度も何度も彼を迎え入れた。  終わりが来たのは四回生の春。  始まったばかりの就職活動に、前の年から忙しくしていたゆずは、きっと彼も面接やエントリーシートの記入や入社試験のために、連絡が途絶えたのだと思っていた。まさかその頃、入院していたとは思いもよらず、やっと念願の司書になれたゆずは、喜び勇んで報告しようとしたけれど、そのときにはもう、彼は静かに息をひきとっていた。  なんで何も知らせてくれなかったのだろう、と焼きちぎれそうな気持ちでゆずは思ったけれど、もしその事実を知らされていたら、三回生の終わりの未来へ向かう期間を、全部お見舞いに費やしてしまっただろう。彼はゆずがそうすることを、よく分かっていた。その心理を把握していたから。  ゆずは彼が亡くなって初めて、彼の両親が離婚していることを知った。だから彼は、先祖代々続くお墓じゃなくて、生前の希望のもと公営の墓地に埋められることになった。  彼ひとりが静かに眠れる場所に。
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