第2話・誕生会

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第2話・誕生会

 ラウレンツ殿下の婚約破棄はすぐに国王の耳に入ったものの、そのときには関係書類は書き上がり解消が成立していた。がっくりと肩を落とす陛下の様子に少しだけ良心がうずいた。  でも仕方ない。ラウレンツ殿下には真実の愛の女性がいるし、私は結婚なんてしたくない。利害が一致しているのだ。  殿下は素晴らしい笑顔で父親をなだめていて、なんというか、この人は今までも好き勝手に生きて父親を困らせていたのだろうな、と妙な納得をしてしまった。  殿下への好感がますますアップする。  彼は阿鼻叫喚の侍従たちを軽くかわしながら、王太子の兄と連携して土木の専門家を私に紹介してくれて、領地へのスカウトの手助けもし、私が自分で揃えるつもりだった過去の堤防建設の資料も用意してくれた。  ラウレンツ殿下はめちゃくちゃに良い人だし頼もしい。愛のために身分を捨てるという、軽率な行動をとるようなタイプには見えない。もしかしたらそれはフェイクの理由かとも思ったけれど、彼女を話題に出すと相好を崩すのでそうではないようだった。  王子の婚約者でなくなった私は、いくつもの予定がなくなり時間をもて余すはずだった。だけどラウレンツ殿下がそれでは申し訳ないと言って、あちこちに連れ出してくれている。その行き先が大学、図書館、商工会議所、青年団、婦人会といったところで被災者の支援や地域の再建に役立ってくれそうなとこばかり。おかげで私は治水の専門知識を深められ、支援の約束も取り付けられた。大助かりもいいところ。  ラウレンツ殿下に感謝を伝えたら、『早くに婚約破棄の決心をつけられなかった贖罪だよ』との答えが返ってきた。だけど続けて『それに友達の力に成りたいだろう?』と言ったので、私は 『では私は、友達が身分を失ったときに恩返しをします』と約束をした。ラウレンツ殿下の返事は嬉しそうな笑みだった。  王族離脱は当然、陛下ご夫妻や近侍たちに大反対されている。厳しい箝口令が敷かれ、連日に渡る話し合いは平行線のまま。ただひとり第一王子だけが『あいつが私たちに従うはずがない』と諦め半分で中立の立場をとっているみたいだ。  もっともラウレンツ殿下は周囲の意見なんてどこ吹く風で、意に介していない。面白い王子だ。  出会った初日に婚約破棄を突きつけられ、それから一週間。殿下と私はすっかり気のおけない友人になってしまった。  ラウレンツ殿下は魔法が得意で、王子として力を入れているのが瘴気対策だという。  世界は私たちが住む地界と、魔物が住む魔界とがある。普段は別個のものとして存在しているのだけど、時おり一定時間だけ空間が繋がってしまう。すると魔界から植物を枯らす瘴気と、獰猛な魔獣が侵入してくるのだ。  これが厄介なことに時間も場所もランダムに起こる。国ごとに対策部隊もあるけどどうしても後手に回るぶん、被害が出てしまう。  私もこの問題はとても気になっていた。ラウレンツ殿下とは瘴気・魔獣対策で話が弾み、なんだかもう同士のような気さえする。  意気投合した私をラウレンツ殿下は他人に紹介するとき、『元婚約者で今は大切な友人のヴァネッサ・ロランディ公爵令嬢です』なんて言う。  紹介されたほうは困惑する。当然だ。  だけど殿下はそれを面白がっている節がある。顔に似合わず悪ガキみたいな面を持っているらしい。  そんなところが私の知り合いに似ているので憎めない。  ◇◇  第二王子ラウレンツ殿下の誕生会。彼の婚約破棄は知れ渡っているようで、気合いを入れた様子のご令嬢がたにその父が、なんとか王子の関心を引こうとしている。けれども殿下はそれらを軽くいなして、私をエスコート。私の父と兄の知人を自ら探しだして私に紹介するという役を嬉々としてやっている。  おかげで何人かには『婚約破棄したというのは偽情報だったのですね』と言われたくらいだ。  ひととおりの挨拶が済むと私は殿下に、エスコートは終わりにしていいと伝えた。今日は殿下が主役の日なのだ。私にかかりきりというは申し訳ない。 「オッケー、わかった」とラウレンツ殿下。「それならこの後はヴァネッサに頼めるかな」 「なにを?」  殿下はいたずらげな顔をしている。 「私の護衛」 「護衛?」  彼が視線をどこかに向ける。それを辿ると、こちらの様子を伺っている令嬢集団がいた。 「『真実の愛の相手がいるんだ』と蹴散らせば?」 「君と違って、どこの誰かと詮索してくる。面倒くさい」  なるほど。 「仕方ない。引き受けて差し上げる」 「助かった!」  だけど令嬢たちは殿下の視線を誤解したらしい。笑顔を浮かべて突撃してきた。さりげなさを装って殿下と私の間に割り込む。いきなり護衛失格だ。普段ならこんなことにはならないのだけど。令嬢パワーを侮っていた。  彼女たちは口々に殿下に話しかけ、ダンスに誘う。 「すまないが」と殿下。「今日はヴァネッサのエスコートをしている。彼女はこちらに知人がいないから――」 「でも少しくらいは構わないでしょう?」 「一曲くらい踊ってくださいな」 「殿下のためにおしゃれをしてきましたのよ」  令嬢がたの口は止まらない。ラウレンツ殿下は笑顔を保っているけど、目付きは悪い。 「まあまあ」私は声を張り上げた。「私は田舎者だから都のマナーに疎くて。こちらではファーストダンスもまだの、エスコート中の男性を無理やり令嬢から引き離していいのですね。私もそうしたほうがいいのかしら。強引にでもダンスにお誘いしたいのは……」辺りをぐるりと見回す。「やっぱり田舎者者には、割り込みなんてできませんわ! 心が弱くて」  令嬢たちがそれぞれ怒りやら羞恥やらの表情を浮かべ、その向こうでラウレンツ殿下が必死に笑いをこらえている。 「やっぱり都会の皆様はかっこよくていらっしゃるわ」  ダメ押しの一言を加えると殿下が 「ヴァネッサ、誰も誘えないなら私で我慢してくれ」  と笑いを噛み殺した顔で手を差しのべた。  はいと答えて令嬢たちを迂回して殿下の手を取る。そのまま彼女たちから離れた。 「確認してなかったけど、踊れるかい?」 「習いはしました。人前で踊ったことはありませんけど」 「ならば人生のファーストダンスか。光栄だ」 「そうですか?」 「身を挺して私を助けてくれた友人だ」 「護衛を頼まれていますから」 「だがあれではヴァネッサの評判が悪くなる。面白かったけどね」 「評判なんて、どうとでも。どのみち社交界に興味はありません」  人混みを抜けると、音楽に合わせて踊り始めた。ラウレンツ殿下は慣れない私を上手くリードしてくれる。  美男で性格も良い王子。令嬢たちが群がるのは当然だ。さっきはちょっとばかりキツすぎたかもしれない。護衛を頼まれたばかりだったのに弾き飛ばされた悔しさから、ムキなってしまったのだ。きっと。  ひとり反省をする。  ――はい、反省終了。  重ねられた手をちらりと見る。私は手袋をしていて殿下は素手。先日その手につぶれたマメがたくさんあることに気づいた。初対面のときに剣をよく握れそうな手だと思ったけど、尋ねてみたら、実際に剣術が得意なのだそうだ。しかも魔法剣術。何度か、対魔獣のための深紅の騎士団に同行し、退治したこともあるという。ラウレンツ殿下はなかなかに素晴らしい人だ。 「令嬢たちが悔しそうだ」  殿下の声に視線を巡らせると、先ほどの集団とは別の令嬢たちが不満げにこちらを見ているのをみつけた。 「彼女たちの気持ちはわからないでもありません。『せっかく殿下が独り身になったのに』と思ってしまうのでしょう。やっぱり真実愛する女性がいると公表したほうが、お互いのためによいのでは?」  私がそう言うと殿下は小首をかしげて、うぅんと唸った。  ラウレンツ殿下の王族離脱に反対の国王夫妻は、『まずはお相手に会わせなさい』と息子に要求している。身分が低くても良い女性ならば結婚を認めるつもりらしい。けれども殿下は『それはできない』の一点張りで、その理由も明かさない。  だから公表は嫌かもしれないけれど、殿下にも令嬢たちにも、それが一番良いと思うのだ。詮索してくる輩は、私が滞在中は蹴散らしてさしあげるから。  殿下が私を見る。 「……実は片思いなんだ」 「え」 「相手は男性だし――おっと!」  驚きすぎて足がもつれた私を殿下が巧みにフォローする。 「彼は私を友人程度にしか思っていない」殿下の表情が悲しそうに見える。「自分でも愚かだと思うよ。望みのない愛のために両親や国民の期待を裏切るなんて。だけどどうしても、彼にこの思いを伝えたい」 「片思い……」 「こんな理由で婚約破棄をしてすまない」  殿下が目を伏せる。そのまま止まることなくダンスは続く。  片思いならば、その方は陛下夫妻に会ってはくれないかもしれない。同性間の結婚は認められていないから、陛下もお認めにならないかもしれない。 「ラウレンツ殿下」 「ん?」彼が私を見る。 「軽率なことを申し上げたことをお詫びします」 「いや、君はなにも悪くない」 「私も……」言いかけて、唾を呑み込む。誰にも話したことのない、私の最大の秘密をこれから口にするのだ。「……望み薄い片思いをしています。二度と会うことはないかもしれない相手に」  彼を思い出して胸の奥に痛みが走る。  その人レイはフリーランスの対魔獣騎士で、殿下との婚約が成立したあとに出会った。組織に属さない彼らは旅をしながら、国の組織だけではカバーしきれない魔獣を退治する。  レイは凄腕の騎士だった。気も合った。だけど叶わない恋だったから私は彼になにも告げなかったし、彼の行く先も故郷も尋ねなかった。今彼がどこでなにをしているのか、一切わからない。  それでも私はレイが好きで、婚約が破棄されたことが嬉しい。 「殿下が愚かだというのなら、私も同等の愚か者です」 「そうか」殿下がくしゃりと笑う。「すまん、それを聞いて安心した」 「安心だなんて」私も笑う。 「片恋仲間がみつかったのだからな」 「恋バナでもしますか?」 「よし、そうしよう」  楽団が奏でる曲が終わる。  婚約を強制されたときは怒りしかなかったけれど、友人としては素晴らしい良縁だったなと思う。
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