最終話・大団円

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最終話・大団円

 ラウレンツ殿下とろくに恋バナができないまま、出立の日になってしまった。もっと殿下の話を聞きたかったし、私もしたかった。レイのことも私のことも、話していないことがたくさんある。  それはラウレンツ殿下も同じようで、最後の最後、発つ間際に突然結界魔法を使って周囲から私たちを隔離した。 「ヴァネッサ、思い人の行方がわからないのだよな。探す気はあるのか」 「ええ。災害の対応が優先ですけど、それが落ち着いたら探す旅に出ます」 「俺もだ。王族を抜けられたらな」 「お相手様はどんな方ですか。情報を得たら伝えます」  ラウレンツ殿下がくしゃりとした笑顔になる。 「先に言われた!」  お互いに笑って魔法のマーキングをし合う。これをしておけば、どちらからでも、いつなんどきでも連絡を取り合うことができる。 「で? ヴァネッサの男の名前と特徴は?」殿下が尋ねる。 「レイです。対魔獣騎士。フリーランスで国内を広く回っています。年は三十代半ばくらいで黒髪黒瞳の美丈夫」  なぜなのかラウレンツ殿下が呆けた顔をしている。 「――どこで出会ったんだ?」 「それは――」  これこそ殿下にはきちんと伝えておこうと考えていたこと。 「私もフリーの対魔獣騎士なんです。領内を巡回しているのが主なんですけど、外に出ることもあって。そのときに出会いました」  病弱というのは嘘。本当は魔獣退治の旅生活ばかりをしていて屋敷にはほとんどいない。口うるさい親戚に本当にことを話すと面倒だから、そういうことにしているだけ。  レイとは退治現場で出会い、一年近く一緒に旅をしていた。  それにしても、殿下のこの反応はもしかして――。 「まさかレイをご存知ですか」 「ご存知というか――」  困惑顔の殿下が呪文を唱え始める。認識変更魔法だ!  短い詠唱が終わると殿下の姿は消え、次の瞬間そこには黒髪黒瞳の懐かしい男が立っていた。 「レイ……!」 「……俺、ヴァネッサに会った覚えがないんだが」と、困惑顔のレイ。「君も――」  私も同じ呪文を唱える。いくら魔法が得意でも、女性のひとり旅はバカなヤツらに狙われて面倒くさい。それにフリーの対魔獣騎士に女性は少なく、同業にバカにされやすい。だから父の護衛の姿を借りてヴァルと名乗っていた。  レイと出会ったのはその姿。ふたりで魔獣退治をするうちに彼を好きになったけど叶わない思いだから、本当は女だとは告げないまま別れた。  魔法をかけ終わるとレイの目がこれ以上は無理というほどに見開いている。 「……ヴァル!」 「ひ、久しぶり、レイ」  急激に羞恥に襲われる。私は本人に向かって恋バナをしていたのだ! 早口で呪文を唱えて魔法を解く。 「ごめん、話してなくて。今さらだけど姿を偽っていたの。女ひとり旅は面倒だし、退魔獣で目立つから」 「お、俺こそ」レイもラウレンツ王子の姿に戻る。「黙っていてすまない」 「王子のくせにひとりで対魔獣をしていたの?」 「気を遣われるのが嫌なんだよ。ヴァネッサこそ公爵令嬢のくせに」 「昔はうちの護衛騎士も一緒だったの! でもあんまり過保護だから」   同じような理由だ。お互いにふはっと笑いだす。  ――というか。ラウレンツ殿下が真実の相手に出会ったのは、私たちの婚約が成立したあとだと話していた。私がレイと出会ったのは成立の五週間後。私が実家に戻ったときも何回かあるけど、一ヶ月半ほど前までは一緒だった。  レイの思い人ってもしかして。  いや、そんなことはどうだっていい。婚約破棄されたときに決めたのだから。絶対にレイに再会して告白すると! 「レイ」鼓動がうるさい。黙れ、心臓!「私はあなたが好き」  ラウレンツ殿下があたふたし始めた。 「困っています? それともヴァルの姿のほうがお好きですか?」 「いや、俺」殿下が口元を手で覆う。顔が真っ赤だ。「本人相手にノロケていたのか。アホすぎる。あんなに告白の練習をしたのに!」  告白の練習!  なにそれ、可愛すぎる。  そんなことより、それはつまり。 「殿下の真実の愛の相手って――」  私が言いかけると、殿下の顔は更に真っ赤になった。 「そ、そうかまだ言ってなかった!」 「もしかして殿下って結構なポンコ――」  つ。 「待て、混乱するだろ! ヴァルは男だったのに、急に正体はヴァネッサでしただなんて」 「それは私も!」 「行方を探すところから始めないとと気合いを入れていたのに」 「同じく!」 「口調や性格は似ているなとは思っていたが」 「それも私も!」  私たちはまたもみつめあって、またも同時に吹き出した。  それが落ち着くとラウレンツは 「俺はヴァルが好きだ。もっと一緒に旅をしたいと思っている」と言った。 「――あなたがもっと早くに婚約破棄をしてくれていたら、私はレイにそう言っていたのよ」 「決断が遅くて悪かった。でも――」ラウレンツが私の手を取る。「ヴァネッサと知り合えて良かった。この十日間は楽しかった。君となら、もしかしたら夫婦になっても幸せに暮らせるのかもしれないと思ったよ」 「いやだ、私も思ったわ」  ラウレンツがにっこりとした。  突然結界が解かれる。 「ヴァネッサ。結婚を申し込みたい」  周囲の侍従侍女がざわめきたつ。  え。それを周りに聞かせるために結界をといたの?  ラウレンツは笑みを深くした。 「君こそ俺の運命の人だ」 「お互いにね」  そう返事をすると、ラウレンツに抱きしめられた。ぎゅうぎゅうと強く。  周りでは侍従たちが 「なりません!」 「マナーが!」 「体面が!」  と騒いでいる。  けど、それがどうした。  私は私の評判なんて気にしない。多分、レイも。  彼の背に手を回す。 「結婚するわ、あなたが破棄しなかったらね!」  ◇◇  どうやら第二王子ラウレンツは、だいぶトンデモな王族らしい。子供時分に対魔獣騎士に憧れ技量を身につけた――そこまでは、よくある話。  だけど彼は周囲に『王子』として気遣われることが嫌だった。なかには『美しい顔を傷つけたら大変』なんて心配をする輩もいて、それも腹立たしかった。そこでラウレンツは侍従を認識変更魔法で自分に仕立てて留守番をさせ、自身はこっそりフリーランスの騎士として魔獣退治をすることを思い付く。  すぐに両親にバレてしまったものの、交渉に交渉を重ねて王子と騎士の二重生活を三ヶ月交代で送る、という条件で活動を認められたそうだ。 「え、三ヶ月? 私と十ヶ月くらい一緒にいたよね?」 「絶対に結婚するし、したら対魔獣騎士は辞めるからと頼みこんだ」とラウレンツ。 「それなのに婚約破棄やら王族離脱やら騒いでいたの? 陛下たちに同情するな」 「仕方ないだろ。一世一代の恋なんだから」  長椅子で隙間なしでとなりに座るラウレンツが、私の額にチュッとキスをする。  ちらりと部屋の壁際に並ぶ第二王子監視役の侍従侍女を見ると、彼らは死んだ魚のような目をしていた。もう『マナーが!』と注意するのは諦めたらしい。ラウレンツも私も聞かないから。 「殿下には感謝しかありません」  そう言ったのは父だ。  ここはパウジーニ領の屋敷だ。再度婚約をするとラウレンツはすぐにうちにやって来た。災害対策を支援するために。  ラウレンツは父が感謝するのも当然の八面六臂の活躍をしている。 「このままだとヴァネッサは魔獣狩りだけを生き甲斐に、ひとり淋しく生涯を終えるのだろうと思っておりました」  ん? 感謝って、私のこと?  兄までうんうんとうなずいている。 「陛下がラウレンツ殿下はちょっと破天荒だとおっしゃるから、きっと上手くいくと思ったのですよ」と兄。「まさか既に知り合っていたとは」  こほん、と咳払いがして侍従がひとり前に出てきた。 「陛下も公爵閣下からご令嬢が型破りと聞いて、彼女ならもしかしたら殿下の手綱をとってくれるかもしれないと期待なさっていたのです」 「手綱!?」とラウレンツ。「城にいるときはきちんと王子の役目を果たしているじゃないか。ひどいな父上は」  侍従がじとりとした目を主に向けたけど、口は閉じたままだった。 「ひどいといえば、ヴァネッサ」とラウレンツ。「俺が姿を借りていたヤツだが、あいつはまだ二十八歳だ。三十代半ばはあんまりだ」  そうなんだ。見た目だけじゃなくて態度からもそう思ったんだけど。 「忘れていたが俺のことを『自己中心的で面倒くさい』と言ったな」  侍従侍女が大きくうなずいている。 「ラウレンツだって私のことを『無鉄砲の負けず嫌いで喧嘩っぱやい』と言った!」  今度は父と兄がうなずいている。  しまいには侍従侍女、父、兄たちが『お互いに苦労しますな』なんて言い始めた。失礼な。  もっとも。ラウレンツも私も結婚したからといってフリーの対魔獣騎士を辞めるつもりはない。むしろふたりだけでの旅を楽しみにしている。  だからやっぱり、周りからすれば手に余る王子と令嬢なのかも。私たち自身は最高のタッグだけどね。 「ヴァネッサ」とラウレンツ。「暇だ。一汗かきにいかないか」 「賛成」長椅子から立ち上がる。「お父様、ちょっと鍛練に行ってきます」 「ああ、うむ、ほどほどに」とお父様。 「晩餐前に終わらせてください」と主に意見する侍従。「着替える時間を加味してですよ!」 「わかっているって」  ラウレンツと手を繋いで部屋を出る。 「鍛練を伴侶とできるって最高よね」  私が言うと、 「まさかそんな令嬢が存在するとはな」とラウレンツが笑う。「これを運命と言わずになんと言う」 「真実の愛」 「そのとおり」  足を止め伸びあがり、笑顔の婚約者の頬にチュッとした。  背後から侍従だか侍女だかが小さく嘆息したけれど、いつものように聞こえなかったことにするのだ。
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