11人が本棚に入れています
本棚に追加
先日剣友の沢渡から言われた壮介だが、壮介は「ああ」と曖昧な返事をするのみだった。
「沙羅のことが心配なのか、沙羅、美人だからな」と沢渡はは冷やかすが、壮介は、こいつは何を言っているのだと右から左に聞き流した。
それよりなにより、今の壮介は、羽を伸ばしたくてもできない状況なのだ。
仕事が忙しくて、久々の独身生活だなどと浮かれていられない状況なのである。
というのは、この二月から、壮介の勤務する警備現場に欠員が出ていて、定員五人配置のところが四人になった。それに伴い壮介を含む勤務員らは皆、毎月四十時間前後の残業をせざるを得ない状況になっているのだ。
はじめのころこそ「なんとかなるべ」とそれほど気にはしなかったのだが、さすがに三か月も続けると、身体の動きが鈍ってくる。
壮介は特に、六月に、市民大会剣道の部に参加するために、少々無理して練習したことも尾を引いていると思われた。
「若くないんだからね」と妻の沙羅に言われ、返す言葉がなかった。
警備業界は人手不足の業界でもある。いつ補充がなされるのか見当がつかない。気力は萎える一方だった。
しかし、天は見放していなかった。待てば海路の日和あり、明けない夜はない、春の来ない冬はない、の例え通り、六月の末に新人が採用されたのだ。勤務員は、皆、希望に目を輝かせた。
最初のコメントを投稿しよう!