木場壮介①

1/6
前へ
/140ページ
次へ

木場壮介①

 木場壮介(きばそうすけ)は、家の窓から、暗澹(あんたん)たる気持ちで空を見上げた。  七月ももうすぐ終わりなのだが、まだ梅雨明けは宣言されていない。  じめじめした空気が身体にまとわりついてくる。空はどんよりとした灰色である。いつ雨が降り始めてもおかしくない。 (こんな日が続くと、剣道着、生渇きなんだよな、そのまま着ると気持ち悪いんだよな)  今年のインターハイ予選では、娘の沙也加(さやか)が通う北新(ほくしん)高校剣道部が、男子女子ともに団体個人とも県大会を優勝し、インターハイ出場を成し遂げた。  沙也加は、インターハイ出場に伴う事前強化合宿に参加のため、七日間留守である。母の沙羅(さら)も同行している。  これに個人戦で二位の男女二人、荒磯(あらいそ)高校の三田慶生(みたよしお)阿仁川(あにがわ)工業高校の川添真紀(かわぞえまき)、それに県内のおもだった選手や指導者たちも駆り出され、強化合宿は開催されているのだ。  壮介の妻であり沙也加の母である沙羅は、世話役のひとりとして、出場選手の面倒をみる役目で付き添っている。  沙羅は北新高校剣道部出身で、インターハイ出場の経験もある。鬼の強さと姫の美しさを備えていたことから、当時は「鬼姫」と呼ばれていた。今回の合宿で、沙羅が、四十歳を超えた今も、容姿は端麗、黒い瞳が印象的で、整った顔立ちであることに感激している同年代の剣道指導者もいるらしい。 「つかの間の独身生活だな、この際羽を伸ばせばいいじゃないか、俺だったら店を臨時休業するぜ」
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加