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五
今年の二月でショウも三十歳になった。ユキナは七月生まれだから、まだかろうじて二十代だが、それも後残すところ僅かである。ホンダサヤカは追っていたハダケンゴが海外に逃亡したのを機に、一度本庁に戻っていた。
事件は日々、次々に発生する。新しい事件が起こる度に過去の事件の上に積み重なって行く。それなりに捜査が継続されるものや、やはり最新の事件によって意識の外に弾かれて行くものもある。まして容疑者が海外に逃亡した場合、一種の諦めにも似た境地が各々に、暗黙の了解として訪れる。未解決のまま放置するのは気持ちが落ち着かないが、そこを割り切らなければ次の事件の捜査に集中できないのが現実である。
ニッタジュンコが犠牲になった六本木高層マンション銃撃事件は、実行犯である許英仁が現場でニッタジュンコを射殺、ハダケンゴが男二人を射殺した。そして許英仁が逃走中に事故死という形で送検された。銃弾は二種類。一発はエレベーターカゴ内で発見されたが、拳銃は発見されなかった。ニッタジュンコの体内に残っていた銃弾とは異なっていた。マフィア同士の抗争とされたが、主犯格の男の身元から、背後に香港を中心に活動する新興の黒社会『シグマ』の存在が浮き彫りになった。事件前、ハダケンゴによってマンション内の防犯カメラの配線が切断されていた。捜査は本庁で国際手配する運びとなったが、サワムラ警視長の元で特別チームが台湾、中国本土に派遣されることになった。
東京都千代田区桜田門にある警察庁。ここは内閣総理大臣の管轄の下に置かれる、国家公安委員会に設置された日本警察の頂点である。いわゆる『キャリア』というのは、国家公務員総合職試験に合格、警察庁に採用された者を言う。サワムラジュンも警察庁採用のキャリアで、現在は階級が警視長、役職としては警察局部長という立場にある。ホンダサヤカも同じく警察庁採用のキャリアだが、年齢はまだ二十五歳、階級は警部補、役職は主任であった。東京大学法学部を卒業後、警察庁に採用されたものの、毎日が充実しているとは言えなかった。同期はすでに警部となり、係長クラスの仕事をしているのは知っていた。元々裕福なお嬢様育ちで、昇進にも興味が持てなかった。逆に一度出向した万世橋署でのスリリングな生活に魅力を感じた。極道に接したのも初めの経験だったし、実際に犯人が逮捕される瞬間や、事件や事故がリアルタイムで起こるのは衝撃的だった。テレビやネット上のものではない、本物の一歩間違えば自分が巻き込まれるというリアリティ。しかしそれ以上に毎日をときめかせたのは、タザキショウの存在だったと思う。それは本庁に呼び戻されて、私服でIDカードを首から提げ、デスクワークをするようになって切に思うようになった。パソコンで報告書を作成し、コピーをとり、電話応対するだけで一日が何となく終わってしまう。タザキショウと捜査の帰りに、横浜中華街で食事をしたことが忘れられない。彼の車で様々な現場に出向いた時の興奮が甦ってきて、デスクワークが手につかなかった。同僚で声をかけてくる男はいる。どこのランチが美味いだの、ボーナスで車を買っただの、サヤカにとってはどうでもよいつまらない話ばかりだった。それに同世代であれば、一度や二度食事をして、それなりに話が盛り上がるとすぐに告白されるのが苦痛だった。それは仕方のないことなのかもしれないが、誘いを断った後の冷淡な態度がハンパない。エリート意識が高過ぎるのか、これまでの恋愛経験が不足しているのか知らないが、自分を受け入れないものに対する拒絶感を持つ男が多いのだ。ああ、懐の大きい大人の男はいないものか。打たれても涼しい顔して平然と起き上がってくるようなタフな男。いつどんな相手からも自分を護ってくれるような男。溜息が出る。ショウ先輩以外に考えられない。いつもの自分であれば、欲しいものは自分で獲りに行くことができた。大学だって就職だって、自分の努力でものにしてきた。ボーイフレンドだってそうだった。けれども今回ばかりはいつもと勝手が違う。初めはショウ先輩に彼女がいると知っても動揺しなかった。なぜならショウ先輩を振り向かせる自信があったから。それにショウ先輩の彼女のことを正直舐めてもいた。女として自分が負けるとは思ってもみなかった。しかし、あの横浜中華街で起きた事件の被害者がショウ先輩の彼女で、その人がタレントのミウラユキナだと知った時、サヤカは頭の中が真っ白になるのを感じた。これまでショウ先輩に接してきた自分の言動が恥ずかしく、情けなく、自己嫌悪に陥った。たかが警察官だと、本当はショウ先輩のことすら見下していたのかもしれないと思うと、顔を上げることができなかった。だからサワムラ警視長に無理を言って、ハダケンゴの事件が本庁扱いになるのを待って、移動した。なのに、考えることは毎日毎日、ショウ先輩のことばかり。これではせっかく移動してきた意味が無い。サヤカは思い切って再びサワムラに相談した。サワムラは苦笑しながらも、本庁で引き継いだハダケンゴの事件の捜査に加わることを許してくれた。それにより、以前から情報が寄せられていたハダケンゴの目撃情報を確認するために、上海へと行くことが決まったのである。異国での警察権が行使できない以上、捜査というよりは情報収集に近かったが、万が一のことを考え、サワムラは現地での責任者を一名。ボディガード役の捜査員を一名、サヤカに同行させることにした。北京語ができて頭脳明晰、行動力、判断力に優れ、外国人犯罪の知識を持ち、容疑者を知る者、そんな人材は多くない。するとそれを知ったサヤカがタザキショウを抜擢するように願い出た。サワムラは迷ったが、ハダケンゴを最もよく知る男として、ショウの同行を認めたのである。ショウはその話を聞いて快諾した。事前にサエキキョウコから、弟のリュウが上海にいると聞いていたからである。ハダケンゴの捜査の合間にリュウを探す。ハダケンゴとリュウは今、一緒に行動している可能性が高い。そして、リュウがタザキノボルの絵画に近づいていることもわかっている。願ってもないことだった。ショウが臨時で本庁に移動になった。六月、上海に派遣され、任務が完了するまでの短い期間という話だった。
ショウの車は濃紺のアウディA6クワトロである。警察の覆面車両としては相応しくないのはわかっているが、無理を通してもらっている。初登庁の時、警察庁の駐車場に車をつけると、やはり周囲がざわついた。
「誰、あの車の人」
とささやかれる中、庁舎二○階へと直行する。今日からショウはサワムラ警察局部長付きの特命刑事となった。部屋に入るとサワムラともう一人、見かけたことの無い男がソファに腰掛けていた。男の名はマキノクニヒコ警視二十九歳。東京大学理学部卒の異色のキャリアで、専門は科学捜査。今回の特別チームのリーダーを務めることになっていた。
「やあ、ショウ君、久しぶりだね。横浜での事件の活躍は聞いているよ。ユキナさんはその後、大丈夫かね」
サワムラが声をかけた。
「はい、御陰様で。まだ多少引き籠ってはいますが」
悪戯っぽく笑う。その慣れたやりとりを見ていたマキノが、咳払いをした。
「タザキ刑事、ここではサワムラ警視長に対する言葉を慎み給え」
ショウがマキノを見つめた。
「失礼しました。こちらの方は?」
サワムラを見る。
「彼は今回の特別チームのリーダーを務めてもらう、マキノクニヒコ警視だ」
マキノがショウの目を見つめた。
「マキノクニヒコだ。階級は警視。宜しく頼む」
「タザキショウです」
軽く頭を下げた。サワムラが二人に背を向け、窓から外を見た。
「今回、上海へはホンダサヤカ警部補を含め三名で行ってもらう。任務はハダケンゴと現地マフィアの情報収集だ。容疑者がどの組織と繋がっていて何の目的で上海に来たのかをつきとめてもらいたい。我々としては北陽会の海外進出がどの程度の状況にあるのかを把握したい。大島の漁民から、奴が台湾の漁船に乗ったとの証言もある。奴は一度台湾に渡り、それから何らかの目的で上海に行っている。その辺りのことを詳しく調べて欲しい。だが無理はするな。何しろ中国での活動になる。当局の動きもあるだろうし、決して単独行動をしないように。現地では常にマキノ君の指示に従って行動してくれ給え」
振り返ってショウを見た。
「いいかね、ショウ君。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれよ」
サワムラが頬を緩めた。
部屋を出て、ショウとマキノは刑事局に設けられた一室に向かった。重苦しい雰囲気が漂っている。
「タザキ刑事、少し話せるかな?」
マキノはショウよりも年齢は一つ年下だが、すでにその若さで警視に登りつめている人間であり、同期や後輩には勿論、目上の者からも一目置かれた存在であることはすぐに理解できた。
「タザキ刑事、君、学部は?」
ショウは初め、何を聞かれているのか理解できなかった。警察庁の中の組織に学部があるのかと思ったくらいだ。
「大学の出身学部は? と聞いているんだ」
ショウが苦笑して、ニ、三度頷いた。ようやく理解できた。少しからかってやろうと思った。
「芸術学部ですが」
するとマキノは首を傾げた。
「芸術学部? ウチ(東大)にはそんな学部は無い。だからノンキャリは困る」
「俺は大学なんて出てないからな」
マキノがポカンと口を開けてショウを見た。ショウの不敵な笑みを見た時、ふと大学時代のある男の顔を思い出した。確か『サエキ』と呼ばれていたはずだ。その男は大学入学当初は一学年下であったが、いつの間にか同学年となり、結局、同期生として卒業した。そいつは人を寄せ付けなかったが、飛び級という噂が一人歩きして、ある意味有名だった。マキノにとっては唯一コンプレックスを感じさせる存在で、何より同じ東大生でありながら、年下と一緒に講義を受けるのが堪らなく嫌だった。奴は生物学を専攻していながら、本当に数学が良くできた。同い年の日本人とはつるむことなく、唯一台湾人留学生と共にいた。タザキショウを見てそいつを思いだした。奴は官僚にはならなかった。だからマキノは自分が警察官僚になったことで、コンプレックスを振り払ったつもりだったが、逆に比較の物差しを失っていた。タザキショウを初めて見た時、気に入らなかったのはそのためだと思う。
「サワムラさんとは親しいようだが、大学の学部が一緒なのかと思っていた。けれども高卒とはな」
マキノが苦笑する。
「ああ、サワムラさんとは高校の先輩後輩の間柄だ。同郷の好で何かとよくしてもらっている」
「なるほど、そうだったのか、では確か岩手だったか」
ショウが頷いた。さすがのマキノもサワムラ警視長の手前、岩手県を田舎者と表立ってはバカにできないらしい。だが、心の中ではそんな蔑んだ言葉を吐きながら笑っているのだろう。嫌な奴だ。
「まぁいくらサワムラ警視長と懇意だからといって、ここでは私の方が君より立場は上だ。その辺をしっかりわきまえて、この先も宜しくお願いしたい」
「勿論です」
二人の間に会話が途切れ、探り合うような張り詰めた空気が漂い始めた。するとそこに、ホンダサヤカが現れた。
「マキノ先輩、ショウ先輩、お早うございます!」
二人が顔を見合わせる。
「あ、ショウ先輩に会えるの楽しみにしてました」
するとマキノが咳払いした。ショウがマキノの表情を窺う。どうやらホンダサヤカを意識しているようだ。
「なるほどな」
ショウが口元に手をやった。
「マキノ警視、先程サワムラ警視長に呼ばれて、マキノ警視とショウ先輩と三人で上海に行くように言われました。ちょっと、マキノ警視、話が違うじゃないですか! 私、ショウ先輩と二人で上海行きたいって言ったのに! もう」
「サヤカさん、そんなこと言われても、知らない男と二人っきりで上海に行かせることができるわけないじゃないですか。僕をあまり困らせないで下さい」
マキノはサヤカに頭が上らないようである。
「知らない男って、マキノ警視、私とショウ先輩は万世橋署でペアを組んでハダケンゴの捜査をしていたんです! ねぇ、ショウ先輩」
ショウを見てニッコリ微笑む。
「サヤカさん、それはわかってるんですけどね、僕が言っているのはそういうことではなくて、男の人と二人っきりでというのが心配だと言ってるんです」
「何よ、別にいいじゃないですか!」
それを見ていたショウが口を挟む。
「警部補、最終的にサワムラ警視長が決めたことですから、素直に従いましょう」
サヤカはしばらくブツブツ言っていたが、ショウに言われて諦めた。マキノがホッと息を吐く。
「まずはハダケンゴについて、もう一度洗い直しだ。タザキ刑事、ハダケンゴについてかいつまんで話してくれないか?」
「ええ、わかりました。ハダケンゴ、現在四十歳。前アダルトDVD販売会社大手フロントビジョン専務取締役。他に北華貿易という会社を個人で経営していました。生まれは東京目黒で、出国前は六本木に自宅がありました。昨年、ハダの自宅で殺害されたニッタジュンコはハダと交際していたことがわかっています。犯人は香港国籍の男で、被疑者死亡のまま送検されています」
「何者なんだ、その香港籍の男というのは?」
「今のところわかっているのは香港黒社会『シグマ』のメンバーであるということだけです。ハダと何らかのトラブルを抱えていたみたいですが、ハッキリとはわかっていません」
「ハダケンゴは北陽会と関係していたというが本当か?」
「ええ、ハダが北陽会の企業舎弟として動いていたことはわかっています。ですが、どちらかと言えば一匹狼的に動いていて、今回の件に関しても、北陽会は知らぬという立場を貫いているようです」
「ハダの北陽会での立ち位置がわからないな」
「そうですね、北陽会は五代目のカナメユタカの下に東京本部長である若頭のソウマケンイチ、その下に舎弟頭のナカムラリョウジがいます。ハダケンゴは統括部長のタナベサダオと同格の扱いを受けていたものと思われます」
「あの若さでタナベサダオと同格?」
「ええ、ハダケンゴは北陽会グループの稼ぎ頭でしたから」
マキノがショウを見つめた。
「で、人とナリはどういう男なんだ? タザキ刑事はハダケンゴと個人的な交流があったと聞いたが?」
今度はショウがマキノを瞳の奥を探った。
「個人的にというのは語弊がありますね。親しくしていたわけではありません。以前、私がまだ警察に入る前に仕事の関係で会ったことがあり、その後も何度か顔を合わせていた程度です」
マキノが苦笑する。
「顔を合わせた程度? だといいがな。ハダケンゴが逃走した際、奴をいち早く車で追走したのは君だったそうじゃないか」
ショウは黙ってマキノの目を見つめた。マキノはどこまで事実を知っているのだろうか? あの日、ニッタジュンコが殺害された時にハダケンゴと一緒にいたことが知られたら面倒である。そのためにショウは六本木のマンションのコンシェルジュに口止めし、防犯ビデオの録画を全て消去させた。
「タザキ刑事、君は何かハダケンゴについて隠している」
「まさか」
ショウが鼻を鳴らす。カマをかけても無駄だ。しかしマキノという男、少々面倒かもしれない。
部屋を出た。ショウは上海に派遣されるまでの間に、幾つか調べておきたいことがあり、六本木に向かった。
マキノはショウが出て行ったのを確認し、サヤカに言った。
「あの男、何か隠している」
「考え過ぎですよ、マキノ警視。ショウ先輩はそんな人じゃありません」
「サヤカさん、今回の事件、不審な点が多過ぎます。もとはといえば、芝浦でブラッドを密輸しようとしたチンピラが捕まったことから端を発していますが、ヒアリは偶然だったのでしょうか? 後にシグマとハダが銃撃戦になったのと関係があるような気がします。一般的にはハダが北陽会とシグマの麻薬取引を横取りしようとしたと見るでしょうけど、もし、ヒアリが故意に仕掛けられたものだったとしたら、シグマの宣戦布告と言えなくもない」
「まさか、そんな手の込んだことをするでしょうか?」
「それに、ハダの女の残忍な殺され方は普通じゃない。香港の組織のあからさまな敵対心というか、恨みのようなものを感じる。この戦争で向こうだってハダに二人殺され、一人は事故死している。このまま終わるとは思えない」
サヤカの表情が強張る。
「防犯ビデオは事前にハダによって配線が切られていたそうだ」
「計画的ですね、ハダ一人、シグマが計三人ですか」
「そうだ。果たして協力者無しで人質を救いに向かうだろうか?」
「何が言いたいんですか?」
マキノは顎に手をやった。
「タザキ刑事が何か知っているような気がしてならない。事件後すぐに犯人とハダケンゴを車で追うことができたのも、偶然にしてはよくできすぎている。首都高で香港の男が事故を起こし、タザキ刑事はハダの追走を断念したと供述したが、考えようによっては後続のパトカーの追走を食い止め、ハダケンゴを調布飛行場へと逃がしたともとれる」
サヤカがハッとしてマキノを見つめる。
「奴が何を考え、何をしようとしているのか知らないが、このまま放っておくわけにも行くまい」
「マキノ警視」
「一度、タザキ刑事のことを調べてみる必要がある」
ショウが六本木に来ていた。ハダケンゴが台湾黒社会『白蓮幇』と関わりを持ち、そこで弟のリュウに会ったことを聞いた。しかし何故リュウとハダが台湾マフィアと関係を持っているのか不明だった。それが単なるビジネスであったとしても、二人が日本を捨ててまで台湾に渡ったのは偶然だろうか? リュウが親父の絵画に近づいていることは理解できる。だが、ハダケンゴの本当の目的がわからなかった。
事件後、マンションの住人に聴き取り捜査した時、ハダと同じ最上階に住むある男の存在を知った。ヤマザキカズオという芸能事務所を経営する五十代の男だが、ハダとは面識があるようだった。事件当日は不在だったが、殺害されたニッタジュンコの店の常連で、ハダとも顔見知りだったらしい。ショウは再びヤマザキの部屋を訪れた。ショウが警察手帳を見せると、ヤマザキは渋々ドアを開け、部屋の奥を自分の身体で隠すような不自然な動きをした。
「中に誰か?」
ヤマザキの目の下には隈ができ、頬はこけ、顔全体が黒っぽく艶を失っている。年齢よりも老けて見えた。ショウは直感で薬物中毒だと感じたが無視した。
「あ、いや、誰もいませんよ。ちょっと散らかってまして」
ショウが苦笑する。恐らくアブリかパイプでもやっていたのだろう。部屋に踏み込めばアルミやストローが転がっているはずだ。
「少しお時間いいですか? ハダケンゴについてうかがいたい」
「え、ええ、いいですけど、今ですか?」
「嫌なら。勝手に部屋に入ってもいいんだが?」
「いえ、いえ、協力しますよ。今、ここで、はい」
ショウが失笑する。
「再度お聞きしますが、あなたとハダケンゴとはどういう知り合いですか?」
「彼とは飲み仲間ですよ。正確に言うと、近くのクリスタルエレメントっていうキャバクラの客同士で、たまたま住んでるマンションも一緒だったから」
「では、ニッタジュンコさんのことも?」
「ええ、勿論知ってます。ハダ君の彼女で、店のナンバーワンホステスでした。彼女は残念だった」
「事件前、ハダケンゴの噂を耳にしていませんでしたか? 例えば誰かに恨みを買っていたとか、商売が上手くいってないだとか」
「さあね、彼のプライベートには興味ないし、そういう話はしないよ。一度ウチに遊びに来たことがあるけど、その時だって何もせずにただ絵ばかり見て、結構つまらない奴だったな」
「絵? ヤマザキさんの趣味ですか?」
「まぁね、仕事柄そういう話が舞い込むんだよ。俺は絵なんざ、さっぱりわからんけど、客に凄いとか褒められると、ほら、見栄でさ、パッと買っちゃうわけ。投資の意味もあるけど」
「へえ、興味ありますね。私にも見せてくださいよ」
するとヤマザキは両手を広げた。
「ダメだよ。ここでなら話すけど、中はさっきも言ったけど散らかってるから」
「ヤマザキさん、大丈夫ですよ。私は麻取じゃありませんから。ストローが落ちてたって気にしません。あなたが何をしてようが全く興味ありませんから、ご心配には及びません」
ずかずかと部屋に入って行った。ハダケンゴの部屋の間取りと似ている。散らかり放題のリビングを見渡す。隣の部屋の扉を開けた。絵画のギャラリーになっていた。そしてそこで、タザキノボルの『月』を見つけた。白い光に包まれた絵だった。
「これが『月』の贋作か。見事なものだな」
それを聞いたヤマザキが声を荒げた。
「贋作? 君、いい加減なこと言うもんじゃないよ」
「この絵はどこで?」
「台湾人から買ったんだ。本物だって。鑑定書もある。一千万円もしたんだよ」
ショウは思わず笑ってしまった。
「この絵が一千万円」
後から後から笑いが込み上げてくる。
「ハダもさぞかしがっかりしたろうな」
「どういう意味?」
「いや、失礼。あなたにはぴったりの名画だ」
部屋を出た。ハダが台湾に向かった理由がわかったような気がした。
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