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稀人(まれびと)‐2‐
無言のままの鎮の少し後ろから、仲間は木立のなかを進む。
リゾートホテルのコテージゾーンが広がる森は深く、静謐で美しい。
「ここ、ふつーに泊まったらおいくら万円かしらね」
槐はふざけた態度で、点在するコテージを指さす。
「だから、ベビーちゃん。あなたのスマホはただの板ですか」
「値段見ちゃったら、気軽に遊びに来れなくなりそうでさ。だって、鎮のヴィラ、ここのコテージよりすごいもん」
「なら聞かなきゃええやろ」
「わっとと……、おふっ?!」
煌の軽い蹴りを尻に受けて、たたらを踏んだ槐は、先を行く鎮の背中に鼻先を埋めた。
「急に立ち止まらないでよっ。……どうしたの?」
何の反応もない鎮の背中から、槐はひょっこりと首を出す。
「あれ?……こんなの、前からあったっけ」
コテージゾーンの一番奥に建つ、見慣れた豪奢なヴィラ。
リゾートホテルの敷地はここで行き止まりで、この先の森には道はなく、山向こうにある神社の神域とつながっている……、はずなのだが。
「え、土砂崩れって神社んところやん。わ、ひど……」
木々の隙間から遠く見える建物を目にして、煌が言葉を失った。
「こっからはちょいと距離があるな」
「でも、同じ山やんな」
「まあな。だから、立ち入り禁止にしてんだろーし」
土砂に埋まる建物を見透かす煌と渉に背を向けて、鎮が再びスマートフォンを耳に当てる。
「……高梁さん?報告どおり、こちらには被害はないようです。地質調査は……、週明け、ですか。……そう、ですね。何もなければ。……いえ、なんでも。すみません、父には高梁さんから伝えてください。では」
まだ声が聞こえているスマートフォンの電源を落とした鎮を、煌が振り返った。
「ええの?」
「電話で話せることじゃない」
「……そやね」
「それにしてもよ、んぁ?」
土砂崩れ現場から目を戻し、鎮の見つめる先に一歩足を踏み出そうとした渉は、肘を強くつかまれて引き戻される。
「入るな」
「なんで。理由は?」
鎮と渉がにらみ合うが、そんな空気をまったく読むことなく。
「ね、こんなとこがさ、こんな近くにあったんだねぇ」
屈託ない様子で、槐が辺りを見回した。
「全然気がつかなかったなぁ。何度も来てるのに」
「秋鹿さん、悪い癖やで」
険悪な目をするふたりの間に立った煌が、渉の肘から鎮の手を外す。
「こんな鳥居、いつからあったん?……なあ、言えへんこともあるやろうけど、言うとかなあかんこともあるんちゃう」
黙り込んでいる鎮を前に、煌は慣れた様子でじっと待った。
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