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稀人(まれびと)‐3‐
鎮の長い沈黙に、渉がジャケットに忍ばせたタバコに手を伸ばしかけたとき。
斜め下に視線を落としたままの鎮が、やっと口を開く。
「……最初から」
「最初って、このヴィラを建てたときからっちゅうこと?」
「そう」
「階段の上にあるのは神社?」
「墓」
「なんで隠しとったん」
「俺以外、入れないように」
「入れない?そんなのウソでしょー」
あっけらかんと言い放った槐が、鳥居の内側に一歩足を踏み入れようとした。
「え、うわぁっ?」
ビリビリビリっ!!
大地から生じた稲光に目がくらんだのか、槐は弾かれるように後ずさる。
「え、ナニコレ」
槐の金髪が逆立ち、体全体が閃光を放っていた。
「おお、すげぇな。オマエ、アニメの宇宙戦士みてぇだぞ」
「バカ言ってないで、渉、何とかして!なんか痛い。地味に痛いっ」
槐が腕をバタつかせると、体にまとわりついている細かな光が、ますます激しく明滅する。
「いや、オレじゃなくね?お願いする相手」
「まもるぅ~」
「……はぁ……」
差し出された鎮の手を槐が慌てて握りしめると、ふたりの両手がバチリ!と、ショートしたような音を立てた。
「”ごめんなさい”は」
「ごめんなさい~」
「…………」
鎮が口の中で何かをつぶやくと、つないだ手から柔らかな光が生まれ膨れ上がり、槐を包みこんでいく。
そして、一瞬のスパークののちに消滅していった。
「うあ~、びっくりした。……ありがと、鎮。でもさ」
槐は胸をなで下ろしつつ、華奢な指で鳥居を示す。
「僕が入れないのはわかったけど、鎮以外って、やっぱりウソじゃない?」
「え?」
「だって、ほらあれ」
「っ!」
鳥居の向こうにある階段の最上段で、こちらに足を向けて倒れている人影を認めた、鎮の目が見開かれた。
「オン・バザラ・トシコク!」※1
パチリ!
常になく声を張った鎮の指が、冴えた音を響かせた次の瞬間。※2
鳥居全体が、その内側から燃え上がるように発光し始めた。
それは、時間にすれば数秒もなかったに違いない。
「来い、煌っ」
「はい!」
渉と槐が我に返ったときには、すでに光は消え失せ、鎮と煌が階段を駆け上がっていくところだった。
「あらら素早いな。オレたちも行こうぜ!」
「え?あ、待ってよ、待ってってば、渉!」
仲間を追って走り出した槐の体は、今度はすんなりと鳥居を抜けていく。
ふと。
頭上に棘のある気配を感じ、思わず上を向いた槐の碧眼が細められる。
(ん?)
ほんの一瞬だが、鳥居の笠木の上に、揺らめく影を見たような気がしたのだ。
(気のせいか?さすがに、あんな場所にいるわけがないよな)
目を凝らして見直してみれば、なんてことはない。
晴れ渡った淡い色の春空が、赤い鳥居の上に広がるばかりだった。
※1 九字切り解除短縮版
※2 弾指 魔除け、不浄祓い
人さし指から小指までを握り、その上を親指で強く押え、人差し指をはじき出す
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