稀人(まれびと)‐4‐

1/1
前へ
/225ページ
次へ

稀人(まれびと)‐4‐

 (まもる)(あきら)は一気に階段を駆け上がると、最上段に倒れ伏している人の両脇に膝をついた。  投げ出した腕に埋まるその顔を見ることはできないが、体つきから男性だとわかる。  その肩に触れようとした(あきら)を、(まもる)が身振りで止めた。 「オン・シュダ・シュダ」 ※1  ジップアップパーカーのポケットから取り出した護符を構えて、(まもる)はしばらく固唾を飲んで待つ。  が、何も起きる様子はない。  あからさまに胸をなでおろして、(まもる)は静かに札に息を吹きかけた。 「神の御息(みいき)は我が息、我が息は神の御息(みいき)なり。御息(みいき)()て吹けば(けが)れは()らじ残らじ。阿那清々(あなすがすが)し、阿那清々(あなすがすが)し」※2  唱えとともに護符はひとりでに細かくちぎれて、風に流されていく。 「え、このヒト墨染(すみぞめ)着てんの?ってことは寺関係?……にしては長髪だな」  遅れて到着した(しょう)は、空に舞う紙切れにちらりと目をやったあとに、中腰で男性の首元に手を当てた。 「うわ、きっつぅ~」  息も絶え絶えな様子で階段を上がってきた(えんじゅ)が、息を荒らげながら、(しょう)の足元にドサリとしゃがみこむ。  その振動が伝わったのか。  呼吸も感じられなかったような男性が、微かに身じろぎする。 「……大丈夫ですか?」  (しょう)に声をかけられた男性がゆっくりと目を開け、その身を起こした。 「あの」  だが、まるで(しょう)の声など聞こえないかのように。  男性は立ち上がると、風に舞う護符の断片(だんぺん)を追って、階段を上り切る。 「ああ、これは……」  手の中に落ちてきた護符を握りしめて、男性はおもむろに振り返ると、(まもる)に向かってその手を差し出した。 「こちらへ」  操られるように近づいてきた(まもる)に、微笑んだ男性が、ゆっくりと握りこぶしを開く。 「さあ」  その声に導かれるように。  (まもる)も男性に手を伸ばし、ふたりの手が触れ合った、その瞬間。  閃光がほとばしり、渦巻くような風が吹き始めた。 「うぉ、(まもる)?!」 「ナニコレっ」 「秋鹿(あいか)さんっ」  仲間たちの声は聞こえるが、風渦(かざうず)の中心にいる(まもる)は何の反応もできない。  それは風や光のためではなく、頭の中に流れ込む「ナニカ」に、全身がかき乱されているから。  自分が見たわけではない景色。  誰かの考え、感情。  そんなものが冠状動脈から毛細血管に至るまで流れ込み、自分の存在が作り替えられていくようだ。 (気持ち、悪いっ!) 「……や、やめて……、やめてくれっ!」 「!」  (まもる)が叫ぶと同時に男性の体が吹き飛び、嘘のように風がやんだ。 ※1善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)マントラ 邪気を消す  ※2伊吹法(いぶきほう)による(はら)
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加