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稀人(まれびと)‐6‐
不思議な男性の姿は、瞬く間に見えなくなっていって。
「……なんだったんだ?」
「わっかんない」
なんとなく視線だけで見送った渉と槐が、顔を見合わせたとき。
ドドドドドォン!
さらなる轟音が空気を揺るがした。
「雷、……じゃあねぇなぁ」
自分たちがいる場所を囲む森の向こうに、水柱のようなものが高く噴き上げている。
「なんなの、アレ」
顔をしかめている渉にすり寄った槐は、思わずその腕をつかんだ。
「いてぇよ。爪立てんな」
「だって、だって……」
噴き上がる水柱はどす黒くて、何が起こっているのかさっぱりわからなくて。
しがみつく槐の手には、さらに力がこもる。
「なに、アレなにっ」
「オレが知るかよ……」
呆然としているふたりのうしろで、鎮が煌を手招いた。
「時間がない。最上祓を」
強く打ち鳴らされた鎮の両手が、静かな森に乾いた音を響かせる。
「南側に立って」
無言でうなずいた煌が大きな手を打ち合わせ、空気を震わせるような破裂音を生じさせた。
「高天原 天津祝詞の太祝詞 持ちかが呑むでむ 祓ひ賜ひ清め賜ふ」※1
鎮が詠唱し、煌が続く。
「ぎゃーーーーーーー」
突然、緊迫感のない、だが、のたうち回るような悲鳴が聞こえてきた。
男でも女でもなく、大人でも子供でもなく。
ただ、ナニカの壮絶な声。
「あの人、じゃないよね……。え、鎮?どこ行くの!」
駆け抜けていく鎮に伸ばされた槐の手は、虚しく空を切った。
「ねぇ、どうしたの?!」
「お前はここにいろっ」
「でも、だってさ、僕あんなの唱えられないし、やだやだ、煌も行っちゃうの?」
あとを追った煌はすぐに鎮に追いつき、なんならその体を抱えてしまいそうな勢いで、伴走を始める。
「相変わらず付き人みてぇだな、煌は」
苦笑いを浮かべた渉が、ふたりの後ろからゆっくりと階段を下り始めた。
「ちょ、結界ってやつの外に出ちゃうんじゃないの?やめなって。ヤバいって!」
「ヤベェよなぁ」
階段の縁で叫ぶ槐を振り返って、渉は不敵な笑みを見せる。
「死んじゃうかしら」
「死ぬよ、絶対死ぬっ!」
「でさ、お前はそれが怖いワケ?背中向けて耳塞いで、知らねぇフリしてさ。ただ生きていたいワケ?」
「……っ」
顔をゆがませた槐の返事も待たずに。
渉はライトブラウンの髪を揺らして階段を下りていく。
「……すいぶん、挑発してくれるじゃない」
碧眼がすぅっと細くなり、槐は一歩、階段へと足を踏み出した。
※1最上祓 大祓詞の短縮版
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