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稀人(まれびと)‐8‐
「ぎゃああああああああ」
光球に体当たりを食らった霧柱全体から叫び声が上がり、キランを締めていた触手が縮んでいく。
ぐったりとしたキランが真っ逆さまに湖へと落下するのと同時に、霧柱を突き抜けた光球が素早く反転してその体を受け止めた。
光球を見守る鎮の背後でがさがさと物音がして、湖岸に降り立つふたり分の足音がする。
「エ、ナニ、アレ?」
「……煌、アレなんだよ」
「知らんがなっ」
片言になった槐と、もめる渉と煌の目の前で。
光球はまっすぐに鎮の元へと向かってきた。
四人が目で追う光は、次第に両腕でキランを抱えた人の形になる。
「ヒト?ウソっ!ま、マモル、にげ、逃げよっ」
声を震わせて一歩下がった槐の足元で、砂利が派手な音を立てた。
だが。
微笑を浮かべた鎮は当然のような顔をして、人型となった光球へと両腕を差し伸べた。
『!!!!!』
光球が腕の中に飛び込んでくるのと同時に、鎮の全身をしびれるような「想い」が駆け抜けていく。
音声としての「言葉」ではないが、何を伝えたいのかは、はっきりとわかった。
それはずっと前から交わして続けてきた、「想いの言葉」だから。
光球の人はキランを空中に浮かべたまま、鎮の体に腕を回した。
『あなたの力を分けて』
それは頭に直接響く、光球の願い。
子供のころから、ずっと自分を包んでくれていた「想い」と同じもの。
(分ける?でも、どうやって?)
鎮が心の中で問いかけると、光球は空中に浮かぶキランごと鎮を抱きしめた。
熱くて優しくて。
鮮烈で恭しい。
そんな波動が体中を駆け巡っていく。
探りを入れられるように、作り替えられるように侵入してきた、キランのものとは違う。
願いながら、敬いながら。
鎮の内なる”何か”を集め取っていく。
『火・天空!アーユス受け給え!』※1
光球の人が鎮の”何か”を流し込み続けてしばらくすると、キランの目がうっすらと開いていく。
『ああ、お前は……。そうか、ともにいてくれたのか』
ゆっくりと体を起こしたキランが、その足で湖岸を踏みしめた。
『行こう、月』
声に出さないキランの思考が、鎮の頭にも流れてくる。
そして、光球のふたりは大地を蹴ったかと思うと、湖岸へ向かってぐにゃぐにゃと、醜悪に凶悪に迫ってきている霧柱に向かって飛び去っていった。
※1 サンスクリット語
火=アグニ、天空=アカシャ 月=チャンドラ
アーユス=命
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