崩壊する日常‐1‐

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崩壊する日常‐1‐

 感情というものは、最大値なんて簡単に塗り替えていくものらしい。  息を飲んで度肝(どぎも)を抜かれた三人は、今度は大いに魂消(たまげ)るばかり。  だって、少女がその細い腕を上げると、長い黒髪に指を絡めていた(まもる)が、すぐにその手を取り、強く握り締めたのだから。 「……マジ?」  思わずといった風情で、(しょう)はつぶやきを漏らす。  実際にこの目で見ているはずなのに。 (あれ、ホントに(まもる)かよ……)  いつの間にか、別人とすり替わってしまったと言われたほうが、いっそ納得できる。  こんなふうに笑うなんて知らなかった。  しかも、女の子の手を握りながら。  あり得ない。信じられない。    高校時代、女子とは必要最低限の会話ですら、鬱陶しいという態度を隠しもしなかった(まもる)だ。  女子のほうでも、そんな不愛想が服を着たような男に、近づくはずもない。    たとえ「ほんまのお坊ちゃん」だとしても。  よく見れば、長い前髪に半分隠されたその顔が、端正なものだとしても。  (まもる)の半径一メートル以内で、女子の姿など見たことがなかったのだ。    アンティークなバングルをはめた少女の手が、蛍のように明滅を繰り返している。  (まもる)が右手で森向こうを指さすと、少女はうなずいて立ち上がった。  そして、横たわるキランの上に腕をかざし、その体を光球で包み始める。  少女が放つ光が徐々に膨れ上がり、とうとう(まもる)をも(おお)い始めたとき、(しょう)が我に返った。 「ちょ、待て!話が見えねぇ。どっか行く気なのかよっ?!」  声など聞こえていないのだから、「話が見えない」とは文字通りだが、(しょう)にはわかっていた。    (まもる)と少女は、ただ微笑み合っていたわけではない。  自分たちには感知できない「ナニカ」で、意思の疎通を図っていたのだ。    (しょう)がふたりに近づこうと、二、三歩足を踏み出した瞬間。  光球が瞬く間に消滅して、少女がさっと(まもる)の背中に隠れた。  (まもる)が少女をかばうように背後に腕を回して、まなざしを険しくする。 「(しょう)、止まれ。それ以上近づくな」  声を聞けば、相変わらずぶっきらぼうな(まもる)だ。 「は?なんで。理由は?」 「それ以上近寄られるのは、キツイって」 「……、……。はあ?!」  しばらく絶句したあと、(しょう)は目も口もぽかんと大きく開けてしまった。 (オレのことが、キツイ。……キツイ?!)    声をかけた女性からは、「YES」以外言われたことのない自分が?  恋人は作らないが、カノジョは切らしたことのない、この自分が?    すがるような瞳で振り返った(しょう)に、(えんじゅ)(あきら)も、面食らった瞬きを返すしかなかった。
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